その日は朝から土砂降りだった。
「駅まで送りましょうか?」
「いえ、さっきよりは小降りになってますし大丈夫です」
外で打合せがあるという赤峰さんに傘を手渡す。
変なところで遠慮しいの赤峰さんは駅まで車で送ると言ってもすぐそこだからと断ることが多い。今日みたいな日はずぶ濡れになってしまいそうだし無理矢理にでも乗せていこうかと思ったけどタイミング良く赤峰さんが家を出る時間は小降りだった。
「帰り、雨酷かったら迎えに行きますから連絡くださいね」
「わかりました。土砂降りだったら連絡します」
いまいち信用ならない約束をして赤峰さんは玄関のドアを開けた。
「いってらっしゃい。気をつけて」
「いってきます。なるべく早く帰りますね」
大きめの傘をさして駅へと向かう背中を見送った。
雨足はどんどん強まって窓を叩く水音がうるさい。
時々雷も鳴っていて、愛犬のモカは大きい音が苦手だから雷を怖がって仕事をする俺の足元にくっついて大きな体を丸めている。
「なかなか止まないね」
近くに落ちたのか一際大きな雷音にモカがびくりと体を震わせたので仕事の手を止めて、彼女を安心させるために優しく撫でてやる。
「赤峰さん大丈夫かな」
気がついたら戻る予定の時間はとうに過ぎていて、少し心配になる。
音があったほうがモカの気も紛れるかと思い、事務所のテレビをつけてみると雨の影響で電車に遅れが出ているとニュースで報じられていた。
これは赤峰さんの帰りも遅くなるかもしれない。
そんな俺の予想通り、赤峰さんは定時になっても帰ってこなくて仕方がないから事務所の戸締りをして上階の家に戻る。
赤峰さんから連絡が来てもちゃんとわかるようにスマホを見えるところに置きながら夕食の準備をしているとモカが突然起き上がって玄関の方を見つめた。
きっと赤峰さんが帰ってきたんだろう。
味噌汁を温めていた火を止めて玄関に向かうとそこにはびしょ濡れの赤峰さんが立っていた。
「…嘘つき」
思わず口をついて言葉が出た。
「え?」
「雨酷かったら連絡するって言ったじゃないですか」
赤峰さんが何か言う前に洗面所へ向かいタオルを取ってくる。
「ちゃんと拭いてからあがってくださいね。廊下が濡れるので」
全然頼ってくれない彼に少しだけイラッとして思わずそんな口をきいてしまった。
「モカ、ごはんにしようか」
赤峰さんが何か言いたげにしていたけど、今話したらこの苛立ちを彼にぶつけてしまいそうなのでモカを連れてリビングに戻る。
モカにごはんをあげて夕食の準備を再開する。
「あの、緋山さん」
「風呂もう沸きますから、先入ってきてください。風邪ひきますよ」
頭にタオルをかけたままリビングに顔を出した赤峰さんをわざと突っぱねると、彼は何も言わずにバスルームへ向かった。
「はぁ」
思わずため息が溢れる。
彼だってきっと仕事で疲れてるのに、頼ってもらえなかったからって拗ねて八つ当たりするなんて最悪だ。
冷静になると自己嫌悪で落ち込んでくる。
赤峰さんが風呂から上がってきたら謝らなきゃ、そう思いながら出来上がった夕食をテーブルに並べて食卓に座った。
気を紛らわすためにつけたテレビをぼんやり眺めているとリビングのドアが開く。
意を決して振り返ろうとするより先に背後から温かい体温に包まれた。
「緋山さん、ごめんなさい」
後ろから俺を抱きしめた赤峰さんからはシャンプーの香りがした。
「なんで赤峰さんが謝るんですか」
「連絡するって言ったのにしなかったから」
俺が何故怒っているかはきちんとわかっていたらしい。
「…俺、ずっと連絡待ってたんですよ」
これくらいは許されるだろうと恨み言を言って、抱きしめられたまま振り返ると赤峰さんは叱られた子犬のようにしゅんとしていて思わず笑ってしまう。
「え、なんで笑うんですか」
「そんな落ち込まなくても」
「だって…!緋山さん、口もきいてくれない雰囲気だったから!」
何なら少し涙目の赤峰さんが可愛くて、立ち上がって正面から彼を抱きしめる。
「すみません、赤峰さんが全然俺のこと頼ってくれないから拗ねました」
顔が見えないのを良いことに正直に白状する。
「案の定びしょ濡れで帰ってくるし」
「すみません…ちょうど夕飯作ってるかなと思って」
「そんなのいいんですよ。赤峰さんより大切なものなんてないんですから」
しょうもないお願いをするときは遠慮なく来るくせに肝心な時は甘え下手になる赤峰さんに言い聞かせる。
「夕飯の準備を中断されるより、びしょ濡れで帰ってきた赤峰さんが風邪ひいてしまう方がずっと嫌です」
そこまで言ってようやく彼は俺に抱きしめられたままこくりと頷いた。
「次からはちゃんと連絡してくださいね」
「…はい」
怪しい間があったものの言質は取ったので、これで今度またこんなことがあればその時は本気で怒ろう。
こっそりそう決意して抱きしめていた腕を解く。
「夕飯にしましょう。お腹減りました」
この話はこれで終わり、と案に伝えれば赤峰さんはようやく表情を緩めた。
「僕も」
仲直りしたあとの食卓はいつもより少しだけぎこちなくて、でも暖かかった。