「明日はお休みにしましょう」
「え?」
夕方、今日のタスクを終えて晩御飯の献立を考えていたところで赤峰さんが顔を上げてそう言った。ちなみに明日は普通に平日である。
「別に構いませんけど…どうしたんですか?」
「行きたいところがあって。付き合ってくれませんか?」
急ぎの仕事はなかったはずだし、何より雇用主の赤峰さんが休みにすると言っているのだからとくに断る理由もない。こくりと頷くと赤峰さんはにっこり笑った。
「早起きするので寝坊しないでくださいね」
そんな朝早くからどこへ行くんだろう。一応尋ねてみたが赤峰さんは内緒、と言って教えてくれなかった。
翌朝、まだ日が昇ったばかりの時間に家を出る。
「今日は僕が運転します」
助手席のドアを開けてそちらへ乗るように促されたので大人しく乗り込む。
「着くまで寝ててもいいですからね」
「いえ、目覚めちゃいました」
赤峰さんは気を遣ってくれたが朝から出かけようとする俺たちに愛犬のモカが気がついて甘えてきたので構ってあげているうちに目も覚めてしまった。
「それじゃあ出発!」
結局まだどこへ行くのか教えてもらえていないので赤峰さんの運転に任せて大人しく助手席に乗っていることしかできない。
高速道路に乗ってどうやら海の方へ向かっているということだけはわかった。
「そろそろわかってきました?」
「え、行き先ですか?」
心なしかいつもよりわくわくした表情の赤峰さんにどこか楽しいところへ向かっているのはわかった。
「というかなんで僕が出かけようって言ったかわかってます?」
そう尋ねられて首を傾げた。今日は何かの日だったっけ。
「はぁ、まさかそこからですか……」
「すみません」
先程までのわくわく感はどこへやら、がっくりと項垂れる赤峰さんに思わず謝ってしまう。
「謝らないでください。今日は緋山さんが主役なんですから」
「え?」
「お誕生日おめでとうございます」
そう言われてようやく今日が自分の誕生日であることを思い出した。
「すっかり忘れてました。ありがとうございます」
赤峰さんがなんだか張り切っていたのもこれなら頷ける。祝われるような歳でもないので少し気恥ずかしいが。
「なので今日はお泊りです!」
モカのことは紫ノ宮さんに頼んできたので安心してくださいと言われて、だからモカを事務所の方へ連れて行っていたのかと納得する。うちの事務所のセキュリティカードは紫ノ宮さんも持っているから自由に出入りできる。
「モカ、察してたのかな〜」
「そうかもしれませんね。でも紫ノ宮さんなら安心です」
紫ノ宮さんならモカも懐いてるし問題ないだろう。良いホテルでのんびり過ごすのかとも思ったがそれならこんな早朝に家を出る必要はないはずだ。不思議に思っていると赤峰さんは葛西で高速を降りた。だんだんと行き先がわかってきた気がする。
「今日は海の方に行こうと思います!」
どこへ向かっているのか俺が気付いたとわかると赤峰さんは得意げにそう言った。平日でも混みあっているテーマパークだから早朝出発にも納得がいく。
「本当は両方行ってもよかったんですけど明日のアポどうしてもずらせなくて」
たしか明日は夕方に一件、依頼人との打合せが入っていたはず。
「その代わりホテルはパーク内のところにしたので今日は思いっきり遊びましょう!」
「はい、楽しみです」
行くのは学生の頃以来だろうか。テレビで時々特集されているのを見るがその頃とはだいぶ様子が変わっていそうだ。
「赤峰さんはけっこう行くんですか?」
「まさか。めちゃくちゃ久しぶりです」
少なくとも俺と暮らし始めてからは行っていないとは思っていたが、赤峰さんも俺と似たり寄ったりらしい。
そうこうしているうちに目的まで着いて、まずは駐車場に車を入れて開園待ちの列に並ぶ。
「すごい人ですね」
「これでも少ない方だとは思うんですけど」
良い歳した男二人で来るのもどうかと一瞬思ったが老若男女、さまざまな組み合わせで並んでいる人達を見てここではそんなに浮かなさそうだと安心した。
あっという間に開園時間が来て、ぞろぞろと動く列に身を任せて入園する。
「それじゃあちょっとチケット取るので待っててください」
そう言って赤峰さんはスマホを何やら操作し始めた。事前に白木さんに攻略法を聞いて来たらしい。緋山さんは写真でも撮っててと言われたので入ってすぐの地球を模したモニュメントにスマホのカメラを向けてみる。何枚か写真を撮っていると赤峰さんが横から写り込んできた。
「あ」
「上手く撮れました?」
「見切れてます」
「え〜。じゃあ二人で撮りましょ」
赤峰さんが俺のスマホを奪ってインカメに切り替える。
「ほら、もっと近くに来てください」
「ちょ」
腰に腕を回されて密着する。カシャと音がしてシャッターが切られた。
「はは、緋山さん僕のこと見てる」
「赤峰さんがいきなり引っ張るからですよ」
撮った写真を確認するとカメラに向かって笑顔の赤峰さんに対して、彼に抱き着くような形で戸惑いの表情を浮かべている俺が写っていた。これはこれでいつもの俺たちって感じで悪くないかもしれない。
「後で送ってくださいね、それ」
「わかりました。というかもう大丈夫なんですか?」
スマホで一生懸命何かをしていたから尋ねると赤峰さんは得意げに胸を張った。
「全て勝利したので大丈夫です!」
「はぁ」
「アトラクションのパスとか取ってたんですよ」
スマホの画面を見せられたので覗き込むと何時からどのアトラクションという表示が出ていた。
「これだけは外せないっていうのがあったのでそれだけ取っておきました」
「へぇ。よくわからないのでお任せします」
来ない間に随分とシステムが変わったらしい。とりあえず赤峰さんに任せておけば大丈夫そうなので俺はただ着いて行くことにした。
朝ごはんをろくに食べていなかったので簡単に食べられるところへ入って朝食をとり、比較的空いているアトラクションを中心に回っていく。入園してすぐにスタッフの人から誕生日用のシールを貰って貼っていたので行く先々で祝われて少し恥ずかしいけど、こんなに誕生日を祝われたことがなかったから素直に嬉しかった。
「お昼はレストラン予約しておいたのでそこに行きましょう」
あっという間にお昼の時間になり、赤峰さんの先導でレストランへついて行くとテラス席へと案内された。
ゴンドラが行き来するのを見ながら食事ができるみたいだ。
「コースにします?アラカルトもありますけど」
「俺、ピザがいいです」
イタリアンようで店に入った時にピザ窯が見えたからピザが食べたくなってしまった。
「じゃあピザと適当に何か頼みますか」
そのほかは赤峰さんに任せて、先に運ばれてきたグラスワインで乾杯する。ボトルでもいいと赤峰さんは言ってくれたが、彼にあまり飲ませるとこのあと使い物にならなくなりそうなのでやめておいた。
「天気よくてよかったです。僕それだけが心配で」
「ああ。だからやたら天気予報気にしてたんですね」
普段天気予報なんてあまり見ないくせにここ一週間くらいは真剣に見ていたから何事かと思ったが今日の為だったらしい。
テラス席だから外ではあるものの、今日は暖かくてとても雰囲気が良い。まさに日常を忘れられる夢の国だ。
「だってせっかくの誕生日デートが雨なんて嫌じゃないですか」
赤峰さんはそう言うが俺としてはここまで俺のことを考えて準備をしてくれていたということだけで十分すぎる。
「雨でも、俺は赤峰さんとなら嬉しいですよ」
俺もこの状況に少なからず浮かれているのかいつもなら口に出さないことも、思わず口を突いて出た。
赤峰さんは少しだけ驚いたあと、嬉しそうに笑った。
昼食を終えたあともパーク内をうろうろしながら時々アトラクションに乗ったりしているうちにだんだんと日も落ちて暗くなってくる。
「次はこれ乗りましょう」
赤峰さんが指さしたのは彼が朝から時間指定のパスを取っていたアトラクションだった。暗くなってきたのでランタンの灯りが幻想的だ。
早速列に並ぶが、時間指定のパスなのであっという間に順番が来る。昔、映画を観たことがあるから楽しみだ。
ボートに乗ると辺りが暗いのを良いことに赤峰さんが手を握ってきたのでそっと握り返した。
ボートが動き出すと幻想的な世界が広がった。とくに劇中に出てくるランタンフェスティバルを再現したところでは無数のランタンが宙を舞っていて、その光景に見惚れてしまう。
「うわぁ、綺麗」
思わず感嘆の声を漏らすと隣からカシャとシャッター音が聞こえた。一枚だけ撮ってスマホを仕舞った赤峰さんが悪戯っぽく笑う。
「緋山さんの横顔が綺麗だったのでつい」
耳元で囁かれて顔に熱が集まるのを感じた。こういうことを平気で言ってくるから恐ろしい人である。
あっという間にアトラクションが終わって、ボートを降りる。
「すごく綺麗でしたね」
「はい…っていうかちゃんと見てました?」
俺のことを撮っていた赤峰さんを照れ隠しに詰めると目を逸らされた。
「見てましたよ!まあちょっと緋山さんのこと見てた時間はありましたけど…」
ごにょごにょと素直にそう呟いた彼にため息を吐く。
「でも!緋山さんが楽しめたならよかったです」
「はい、それはもちろん。すごく綺麗でしたし本当にランタンが飛んでるみたいでした」
幻想的な光景を思い出しながら感想を言うと赤峰さんは満足げに笑った。
「前にテレビで海外のランタンフェスティバルをやってたときに緋山さん綺麗だって言ってたから。これ見せてあげたかったんです」
本物のランタンではないですけど、と頬を掻いた彼に愛しさが募る。テレビを見ながら何気なく呟いたことを覚えてくれていたなんて。
「…ありがとうございます」
「今度は本物見に行きましょうね」
繋いだ手はそのままに、夜のパークを二人で歩いた。
夜のハーバーショーを見て赤峰さんが取ってくれていたパーク内のホテルに戻り、くたくたの俺たちはそれぞれベッドにダイブした。
「ふぅ、さすがに一日歩いたら疲れましたね」
「はい。はしゃぎすぎました」
「あれで?僕の方が楽しんじゃった気がします」
十分浮かれていたと思うのだが、たしかに赤峰さんも俺に負けず劣らず浮かれていた。
「お湯張っておくのでゆっくりお風呂入ってください」
バスルームへと向かった赤峰さんを横目になんとか起き上がる。このままベッドに突っ伏していたらいつの間にか寝てしまいそうだ。
入浴剤まで入れてくれていたお風呂にゆっくりと浸かり疲れをとる。一日中歩き回るなんていったいいつぶりだろうか。明日のダメージが怖い。
風呂から上がって入れ替わりでバスルームへ向かった赤峰さんを見送り、ベッドに寝転ぶ。
今日撮った写真を見返すとだいぶ浮かれていた。
それを赤峰さんに送り終えた頃に、彼がお風呂から上がって俺の隣に潜り込んできた。
「あ、写真送ってくれたんですね。ありがとうございます」
スマホを見た赤峰さんが嬉しそうに口元を緩めた。
「たくさん撮ったな〜。あ、僕のやつで撮ったのも送っておきますね」
ぽんぽんと続けざまに写真が送られてくる。そのうちの一つに夜空を舞うランタンを背景にした俺の横顔の写真もあった。
「それ、よく撮れてますよね!」
隣から覗き込んだ赤峰さんが満足げに頷いた。
「その写真ホーム画面にしようかな」
「ちょ、恥ずかしいからやめてくださいよ」
「え?緋山さんってわからないし大丈夫じゃないですか?」
たしかに逆光で顔はわからないけど恥ずかしいものは恥ずかしい。
「だめです」
「え〜じゃあこっちは?」
エントランスで最初に撮ったツーショットを見せられて言葉に詰まる。どっちもどっちだ。
「…もう好きにしてください」
「やった!じゃあこっちをホーム画面で、こっちはロック画面にしよ〜」
うきうきで設定している彼を横目に知り合いに見られないことを祈るばかりだ。
設定を終えて満足したのか、スマホを置いた彼に倣って俺もスマホを置く。
「じゃあ今日は一日歩き回って疲れたし寝ましょうか」
ホテルでお泊りと言われたからてっきり抱かれるものかと思っていたので思わず拍子抜けする。でも彼の言う通り、今日はへとへとだからありがたかった。
「帰ったら思いっきり抱くので覚悟しておいてください」
俺の考えていることが伝わったのか今日はキスだけ、と額に軽くキスをされた。
「なんですかそれ…でも、今日はありがとうございました。すごく楽しかったです」
ぎゅ、と抱き着きながらお礼を言うと赤峰さんの腕が背中に回って強く抱きしめられた。
「喜んでもらえてよかったです。改めて、誕生日おめでとうございます。生まれてきてくれて、僕と出会ってくれてありがとう」
存在を肯定してくれるような言葉に思わず目頭が熱くなる。
「来年も再来年も、隣で祝わせてください」
そっと唇に落とされたキスに応えるように、今度は自分から彼の唇にキスを贈った。