とろけるキャラメル

「緋山さん、僕と一緒にクッキー作りませんか」
リビングでスマホを片手にネットサーフィンをしていると赤峰さんが唐突にそんなことを言い始めた。
「どうしたんですか、突然」
顔を上げると隣に座っていた彼がさらに距離を詰めてくる。
「白木さんと紫ノ宮さんからチョコをもらったからお返ししないとと思って」
「そうですね」
「もしかして緋山さんもう準備しちゃいました?」
バレンタインより少し前にうちの事務所に来た白木さんが俺たち二人にとチョコをくれた。紫ノ宮さんと一緒に用意してくれたらしい。もうすぐホワイトデーだからそのお返しのことだと合点がいく。
「いえ、でも買おうかと思ってました」
うちの近くのケーキ屋さんなら焼き菓子もあるからいくつか見繕って渡そうと考えていた。
「え〜一緒に作りましょうよ〜」
「それ、俺がほとんど作るパターンじゃ」
「うっ、それは……僕も頑張ります!やる気あります!」
そうは言ったものの赤峰さんの場合、いつもやらないだけで壊滅的に料理ができないとかそういうわけではないから実際クッキーぐらいなら一人でも作れそうなもんだが、頼られるのは満更でもないので彼の提案に乗ることにした。

「言っておきますけど、俺もクッキー焼くのは初めてですからね」
「えっそうなんですか?」
「料理はしますけど、お菓子はあまり作らないので」
あのあと二人でスーパーへ行き、クッキーの材料を買ってきた。百均にも寄ってラッピング用の袋も買ってきたので準備は万端だ。
二人でキッチンに並び、早速クッキー作りを始める。
「これ、余った生地ってどうすればいいんですかね」
材料を混ぜるだけだからなんてことはなく、順調に生地を作り終えて型抜きをしていた赤峰さんが穴あきの生地を見ながら呟いた。
「もう一回固めて伸ばしてまた型抜きすればいいんじゃないですか」
「なるほど!」
余った生地を丸めている赤峰さんを横目に俺はオーブンの余熱を始める。
「あとは焦げないことを祈るだけですね」
「僕、見張ってます!」
びし、と敬礼した赤峰さんにクッキーの焼き加減は任せて使った道具の洗い物をする。
洗い物が終わったところで赤峰さんにお菓子を買っていたことを思い出した。
「そうだ、これ赤峰さんにあげます」
「え?」
じっとオーブンと睨めっこをしていた赤峰さんにこの間買っておいたお菓子を手渡すと彼は首を傾げた。
「ホワイトデーのお菓子です。素敵なバラをもらったので」
「えぇ?!よかったのに、僕もトリュフもらったから……」
「あれはバレンタインチョコというかただのお菓子作りみたいな感じだったんで」
改めてどうぞ、と言うと赤峰さんは嬉しそうにラッピングを解いた。
「キャラメルですか?」
「はい。そこのやつ美味しいらしいですよ」
少しだけ高級なそのキャラメルは口溶けなめらからしい。
「あ、ちょっと待ってください。ホワイトデーは送るお菓子でそれぞれ意味があるんでしたっけ」
バレンタインに赤峰さんがくれた赤いバラの意味を思い出しながらキャラメルを選んだので、すぐにバレて少し恥ずかしい。
赤峰さんはポケットからスマホを取り出して検索している。そしてバッと顔を上げた。
「〜もう!緋山さんは僕をどうしたいんですか…!」
珍しく頬染めた赤峰さんが手で顔を覆った。そんな反応をされるとは思っていなかったのでこっちが驚いてしまう。
「だってほかのお菓子の意味も調べた上でこれにしたってことですよね」
「ええまあ、はい」
こくりと頷くと赤峰さんに腕を引かれてそのまま抱きしめられた。
「嬉しいです。僕の隣が緋山さんにとって安心できる場所だなんて」
ホワイトデーにキャラメルを贈る意味は、"一緒にいると安心できる"だそうだ。
赤峰さんと一緒に暮らすこの家はすっかり俺にとって安心できる場所になっていた。
悪夢を見て目が覚めても隣に彼がいると安心してまた眠ることができる。
「これからも僕と家族でいてくれますか?」
赤峰さんが俺の左手の薬指に輝いている指輪にそっと口付けた。
「もちろんです。赤峰さんが望むならいつまでも」
照れ隠しに彼の唇に軽く触れるだけのキスを贈ると、今度は深い口付けを贈られた。何度も角度を変えながら重なる唇。
息も絶え絶えになったところでオーブンがピーと鳴った。
「「あ」」
二人で慌ててオーブンの中からクッキーを取り出す。
「セーフ」
取り出したクッキーはややこんがりしていたが、許容範囲だ。二人でほっと肩を撫で下ろす。
「冷めたらラッピングしましょう」
焼けたクッキーを皿に並べていると赤峰さんが焼きたてのそれを一枚かっさらっていく。
「あ、こら」
「あふ、あふい」
焼きたてで熱々のそれを口の中で冷ましながら彼は幸せそうに笑った。