酔ったのは貴方

ダイニングテーブルで持ち帰った仕事をしていると風呂上がりの緋山さんが冷蔵庫を開けた。
「赤峰さんも飲みます?」
彼が掲げていたのは缶ビールだ。でもまだ仕事が残っていた僕は首を振った。
「いえ、まだ仕事が残ってて」
「ですよね」
少しだけ残念そうな顔をした緋山さんはビールを一缶だけ取り出して冷蔵庫を閉じた。仕事をさっさと終わらせて僕も早く飲みたい。パソコンの画面に視線を戻して集中する。

ようやく明日までに作らなければいけなかった資料の作成を終えて、伸びをする。ノートパソコンをぱたんと閉じてふとリビングの方へ目をやるとちょうどこちらを見ていた緋山さんと目が合った。
「終わりました?」
ぱっと表情を明るくした緋山さんに思わず笑みを浮かべてしまう。
「はい。僕も飲もうかな」
冷蔵庫から缶ビールを取り出して緋山さんが座っているソファまで向かい、隣に腰掛ける。緋山さんが自分の缶ビールを掲げたので、もうほとんど飲み終わっているであろうそれにこつんと自分の缶をぶつけて乾杯した。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます。思ったより時間掛かっちゃいました」
本来は昼間のうちに終わっている予定だったが判例を探すのに手こずってこんな時間になってしまった。
「すみません、力になれなくて」
「何言ってるんですか。いつも助けられてるのは僕の方です」
眉を下げて謝った緋山さんに何を言ってるんだと首を振る。一緒に働くようになってからも時間を見つけては勉強してくれているのを知っていたし、そんな彼という存在にいつも甘えてしまっている。私生活においても家事はなるべく分担しているが料理に関しては緋山さんに頼りきりだ。
「もっと赤峰さんに必要とされたいんです」
ぼそりとそう呟いた緋山さんが僕の肩に頭をこてんと預けた。突然のデレに一瞬固まってしまう。
「緋山さん、酔ってます?」
顔を覗き込むと彼は不服そうに口を尖らせた。
「ビール一缶じゃ酔いませんよ」
赤峰さんじゃあるまいし、と続けた唇を塞いでその手からすでに空になっていた缶を奪う。空き缶をテーブルに置いて彼の肩を押し、ソファに押し倒す。
「じゃあもっと僕のこと、夢中にさせてください」
煽るようにそう言うと緋山さんはぱちぱちと瞬きをしたあと、ふっと笑った。
「望むところです」
僕の首に彼の腕が回って引き寄せられる。そしてそのまま口付けられた。いつもより積極的な緋山さんにやっぱり酔ってるんじゃ…?という考えが過ったが彼から与えられるキスが気持ちよくて細かいことはどうでもよくなってしまった。何度も角度を変えながら唇を塞がれる。侵入してきた舌に上顎をなぞられてぞくぞくとした快感が身体に走る。
ようやく解放された頃には二人とも息が上がっていた。
「は、ん、赤峰さん」
潤んだ瞳が僕を見上げる。瞬きした緋山さんの目尻から溢れた涙をそっと親指で拭ってやると、彼は僕の手を掴んで手のひらにそっと唇を落とした。
「ベッドがいいです」
それだけ言って彼は僕の下からするりと抜け出して、僕の手を引いた。
「はやく。もう我慢できない」
いつもは僕が言うセリフ。緋山さんに手を引かれるがまま、寝室へ向かうと今度は僕がベッドに押し倒された。
「もっと俺に夢中になって」
僕のズボンに手をかけながら笑った緋山さんがエロすぎて、そこから先はよく覚えていない。

翌朝、起きると隣に緋山さんはもういなかった。眠い目を擦りながら寝室を出ると朝ごはんを作ってくれている背中を発見したのでそのまま抱きつく。
「わっ」
驚いて声を上げた緋山さんが振り返ったので頬に軽くキスをする。
「おはようございます」
「おはようございます。危ないですよ」
もう出来上がっていたのか味噌汁を温めていた火を緋山さんは止めた。
「すみません」
大人しく離れると昨夜自分がつけた痕を彼の首筋に発見した。くっきりと残るそれに思わず口付ける。
「あっ、なんですか」
びくりと身体を震わせて僕の肩を押した手を握る。
「痕、綺麗についたなーって思って」
にっこり笑いかけると緋山さんはじとりと僕を睨んだ。
「ほんとですよ。朝、鏡見てびっくりしました」
昨夜は珍しく積極的だった緋山さんに乗せられて僕も張り切ってしまった。何度も身体を重ねて、最後はお互い半ば気絶するように寝た気がする。
「緋山さんが誘ったんじゃないですか」
握られた手をぎゅっと握り返して、今度は唇にキスをする。
「ん、あれはその。魔が刺して……」
もごもごと恥ずかしそうに言い訳する緋山さんに昨日の彼は一体何だったんだと首を傾げる。やっぱり酔ってたんだろうか。
「まあでも僕が緋山さんに夢中だってわかりましたよね?」
問いかけると緋山さんは目を逸らした。
「わかりましたけど、そもそもあれはそう意味じゃなくてもっと頼りにされたいとかそういう……」
「わかってますよ。それに、いつも頼りにしてます」
今度は真面目に、真っ直ぐ目を見てそう言うと緋山さんは口元を緩めた。
「ありがとうございます。でもまだまだなんで」
些かストイックすぎる気がする彼が心配だが、そこは僕がちゃんと傍にいて甘やかそうとこっそり心の中で決意する。
「ほら、朝ごはんにしますよ。今日は朝から予定がびっしり入ってますから」
「はーい」
大好きな人が作ってくれた美味しいご飯。朝から幸せを感じながら食卓についた。