夕立

夕方、リビングでノートパソコンを開き持ち帰った仕事をしていると散歩に行っていた緋山さんと愛犬のモカが帰ってきた。
「モカだめ!待って!」
いつもと違い何やら騒がしいので手を止めて玄関へ向かう。リビングから玄関へと続くドアを開けるとそこにはびしょ濡れの緋山さんとモカがいた。
「うわっ、どうしたんですか!」
「ゲリラ豪雨に遭ってしまって」
緋山さん曰く、手近なところに雨宿りをする場所もない公園でゲリラ豪雨に見舞われたらしい。水も滴るなんとやら、だ。
「全然気が付きませんでした」
家の近くは大丈夫だったのか、全く気が付かなかった。洗面所へタオルを取りに行こうとしたところで一人と一匹がぶるぶると頭を振って、水しぶきがこちらまで飛んでくる。
「つめたっ」
「あ、すみませんつい」
飛んできた水しぶきに思わず声をあげると緋山さんが申し訳なさそうな顔をした。
「…二人とも、まずはシャワーですね」
かかった水を手で拭いながらびしょびしょの玄関に佇む彼らに笑いかけた。

「モカのシャンプー終わったら教えてください」
「はーい」
モカと一緒にバスルームへ押し込んだ緋山さんから扉越しにくぐもった返事が聞こえてくる。そろそろモカもシャンプーしてあげないと、と思っていたからちょうどよかった。やってくれているのは緋山さんだけど。
バスタオルを構えて待っていると少しして扉が開いた。
「あとお願いします」
「モカおいでー」
丸洗いされてバスルームから出てきたモカをわしわしとバスタオルで拭いてやる。ゴールデンレトリバーとあって毛が長いので洗ってやるのも一苦労である。モカは水が得意なのでシャワーを嫌がらないのがせめてもの救いだ。
「うわっぷ」
モカがぶるぶるして水が飛ぶ。顔面に水がかかって思わず変な声を出してしまった。とりあえず滴らないくらいには水分を拭きとってリビングへ移動する。
「次はドライヤーでーす」
フローリングの上にバスタオルを敷いてモカを乗せる。ドライヤーを手に取り地道に乾かしていくとふわふわの毛になった。
「よし!いい子だったね」
ふわふわで良い匂いのする毛に顔を埋めながら大人しく洗われた彼女を褒めてやる。ご褒美に嚙むタイプのおやつをあげると定位置のクッションへ持っていってがじがじと食べ始めた。
ちょうどモカのドライヤーが終わったところで緋山さんが頭を拭きながらリビングへと戻ってきた。
「次は緋山さんの番ですね」
ちょうど良いとドライヤーを手に、ソファに座って緋山さんを呼び寄せる。
「俺も乾かしてくれるんですか?」
くすくすと笑いながらも大人しく僕の前に座った緋山さんの髪を丁寧に乾かしていく。
「はい、これでばっちりです!」
「ありがとうございます」
さらさらになった髪の毛を撫でると緋山さんは振り返ってお礼を言った。おやつを食べ終わったモカが駆け寄ってきたので先ほどの僕と同じように緋山さんはモカの毛に顔を埋めた。
「ふわふわになったね」
ひとしきり撫で回したあと、緋山さんは立ち上がってモカ用のブラシを持ってくる。ブラッシングをしてあげている緋山さんを横目に僕はドライヤーを片付ける。
「よし、完璧」
丁寧にブラッシングされて艶々の毛並みになったモカは心なしか得意げだ。親バカな僕たちはそんなモカを誉めそやしながら写真を撮る。そのうちの一枚を紫ノ宮さんに送ってみたら、かわいいとスタンプが返ってきた。

「それにしても災難でしたね」
「もう一瞬でびしょ濡れでしたよ」
気温は高かったので緋山さんもモカも風邪は引いてなさそうで安心する。撫でまわしすぎて若干迷惑そうな顔をしていたモカには先に夜ごはんをあげておいた。
「でもあそこまでだとかえってあきらめがついてちょっと楽しかったです」
赤峰さんもぜひ、と言われたけど普段着のままびしょ濡れは遠慮したいところだ。
「夜、そうめんでいいですか?さっき茹でといたんですけど」
さすがに今日は夕飯の準備どころじゃないだろう、と緋山さんがモカをシャンプーしてくれている間に茹でておいたそうめんを指さすと緋山さんはこくりと頷いた。
「ありがとうございます。そういえばこの間変わったつゆ買いましたよね……」
緋山さんは立ち上がって台所の棚を開けるとこの間二人で買い物に行ったときに買ったそうめん用のつゆを取り出した。
「そうでした!それ試してみましょう」
緋山さんは手の込んだ料理を作ってくれるけど、僕の場合、夏はそうめんになりがちなので味変にと買ったそれはエスニック風の味らしい。早速それを開けて二人で試してみる。
「なんというか」
「斬新な味ですね」
二人で顔を見合わせて笑う。
「こういうもんだと思えば全然おいしいですけど」
「うーん、僕は普通のめんつゆのほうがいいかも……」
おいしいはおいしいが麺がそうめんなのでなんとなく脳がバグる。
「これは普通のやつに飽きたときの秘密兵器にしましょう」
それでも慣れれば意外と箸がすすんで、あっという間に平らげる。
「レモン味のやつのほうがよかったかな」
懲りずにそう呟くと緋山さんは呆れたように笑った。
「赤峰さんってけっこう冒険しますよね」
「気になっちゃうんですよねー」
いつものやつを選べば安定のおいしさなのはわかっているが、つい新しいものを試したくなってしまう。
「いいと思います。飽きなくて」
そう言って笑った緋山さんの表情が楽しそうだったので、たぶん彼も同じタイプなのだろう。
そうめんのつゆで盛り上がる僕たちを気にすることなく、おやつもごはんも食べ終えて満足したモカはすやすやと眠っていた。