シェアハピ

依頼人との打合せを終えてビルから出ると、昼間より幾分か冷たくなった風が頬を撫でた。
「俺、来る必要ありました?」
いつもは僕一人で行く打合せに今日は一緒に来てもらった緋山さんが鞄に書類をしまいながら呟いた。
「あの人、緋山さんのこと気に入ってるんで。連れてこいってうるさいんですよ」
依頼人のご婦人はたいそう緋山さんのことを気に入っていて、僕一人で行こうもんなら話が進まない。そういうわけで不本意ながら今日は緋山さんに同行してもらったのだった。気に入っているといってもそれはアイドルを見るようなそれで、とくに害はない人なので恋人である彼を連れてきても問題ないだろうと判断してのことだ。
「だからやたらこっち見てたのか。ところで夕飯どうします?」
時刻はちょうど17時を回ったところで、少し早いがお腹も減ってきた。
「中華街でも行ってみます?近いし」
横浜での打合せだったので中華街までは数駅のはず。口に出してみるとすっかり中華の口になってしまった。
「いいですね。もう何年も行ってませんけど」
「僕もです」
早速移動して中華街へ向かう。平日の、しかも夜ご飯にはまだ少し早い時間だがそこそこ観光客で賑わっていた。
「けっこう人多いですね」
「そうですね。どうします?食べ放題とか行きます?」
「勘弁してください。そんなに食べられないですよ」
「えぇ?そうですか?」
緋山さんはそこまで少食なイメージもないが、たしかに大食いではない。僕も学生時代などと比べればそこまで入らなくなってきたから、まあ食べ放題じゃなくていいかと辺りを見回す。
「あ!小籠包食べたい!」
少し人が並んでいる食べ歩き用の小籠包を指差すと緋山さんも賛成してくれたので、彼には近くで待っていてもらって買いに行く。列はそこまで長くなかったのですぐに順番は回ってきた。無事購入してあたりをキョロキョロ見回すと脇に避けている緋山さんがひらひらと手を振っていた。駆け寄って買ってきた小籠包が入った皿を手渡す。
「熱々のうちにどうぞ」
「えっ、赤峰さん先に食べていいですよ」
シェアしようと一皿だけ買ってきたので変に遠慮する緋山さんに箸で掴んだ小籠包をあーんしようとするとそれは流石に熱そうだと僕から箸を受け取って大人しく先に食べ始めた。
「あつっ、でもおいひいれふ」
じゅわりと溢れ出す肉汁を溢さないように慎重に食べる緋山さん。それを見守ってから僕も熱々のそれを口に運ぶ。
「あっつ!あふい!」
「だから言ったじゃないですか」
熱くて騒ぐ僕を緋山さんがくすくすと笑う。スーツ姿の男二人で小籠包を分け合っているのは側から見ると少し変だろうけど、なんだかデートみたいで楽しい。
「ふう、美味しかった」
「火傷してないですか?」
「さすがに大丈夫ですよ。たぶん」
べっと舌を出して見せると緋山さんは本当に火傷していないか確認するようにまじまじと見る。恥ずかしくなってすぐに舌は引っ込めた。
「流石に小籠包だけじゃお腹減りますよね〜」
「そうですね。あっ」
緋山さんが声を上げたので彼の視線の先へ目をやる。
「中華粥とかどうですか?」
指差す先には来る途中に中華街のおすすめを調べた時にも出てきた有名店だった。彼の提案に頷いて店に入ると、ご飯どきにはまだ早いからかすぐに席に着くことができた。
「僕はエビのやつにします」
「うーん、俺は野菜で」
「飲茶も頼みます?」
「いいんじゃないですか」
それぞれの中華粥と飲茶のセットを頼んで料理を待つ。
「中華粥ちゃんと食べるの初めてかもしれません」
「僕もです。今まで中華街来たら食べ放題か食べ歩きだったので」
「…食べ放題の方がよかったですか?」
今更不安そうに尋ねてくる緋山さんに思わず笑ってしまう。さっきは即座に否定してきたのに。
「なんで笑うんですか」
「いえ、ふっ、緋山さんが、不安そうな顔するから」
「…赤峰さんはまだまだ食べ盛りかと不安になっただけです」
僕が笑ったもんだから緋山さんは拗ねてぷいとそっぽを向いてしまった。
「すみません、お気遣いありがとうございます。でも僕ももうそんなに食べられませんよ」
ちょうど良いタイミングで頼んだ料理が運ばれてきた。
「「でか」」
ラーメンのどんぶりくらいある器になみなみと入った中華粥を見て二人のリアクションが被った。
「これならお腹いっぱいになりそうです。そもそも食べ切れるかな」
若干不安になりながら自分が頼んだエビのお粥を一口食べてみると出汁がよく出ていて口の中に旨みが広がった。
「ん!これすっごく美味しいです!」
すぐさま一口分をレンゲに掬って緋山さんに差し出すと彼は僕の勢いに少し驚きつつもぱくりとそれを口に入れた。
「本当だ。美味しいです。もう一口もらってもいいですか?」
自分の野菜粥はそっちのけで強請られて、もう一口レンゲを差し出す。ぱくりとそれを食べた緋山さんは幸せそうに破顔している。それを見てさらにもう一口あーんすると若干戸惑いつつも緋山さんはされるがまま口に入れた。もう一口、とレンゲを差し出したが今度はさすがに断られた。
「自分のあるんでもう大丈夫です」
「餌付けしてるみたいでちょっと楽しかったのに」
「なんですかそれ」
そう言いながら緋山さんも自分の野菜粥を一口食べる。そちらも美味しかったようで僕にもレンゲが差し出されたので遠慮なくいただいた。
「こっちも優しい味で美味しいですね」
こくりと頷いて緋山さんは自分のそれを食べすすめた。

「お腹いっぱいです」
「量多かったですもんね」
お店を出て駅まで歩きながら食べすぎて苦しいとお腹を摩る緋山さんだが、僕からすると全然変わらない。
「帰ったらモカと散歩ですね。朝行けなかったから怒ってるかも」
「僕も行きます。ちょっとは消化しないと」
「そっちですか」
緋山さんと同じくお腹を摩りながら呟くと苦笑されてしまった。
「太って緋山さんに愛想尽かされたら嫌なんで」
真剣な表情で言うと緋山さんはやや呆れ顔だ。
「それくらいで愛想尽かしたりしませんよ。それより俺の作った料理たくさん食べてくれたほうが嬉しいです」
そう呟いた緋山さんの表情が優しくて、思わず抱きしめたくなるのをぐっと堪えた。
「〜っ、好きです」
「なんですか急に」
「言いたくなったので」
人の多い駅までの道のり。手を繋ぐことはできないけれど人混みを言い訳に少しだけ肩を寄せ合ってゆっくりと歩いた。