カメラの前では

今日は雑誌の取材を受けるという赤峰さんの付き添いで撮影スタジオまで来ていた。何故関係ない俺までスタジオにいるかと言うと、1週間前の会話に遡る。
「雑誌の撮影?すごいですね」
「オンラインじゃダメですかって聞いたんですけど写真も撮りたいって言われちゃって」
「へー。発売されたら買いますね」
「いや、買わなくてもいいですよ…というか見本でくれると思いますし。ってそうじゃなくて、だからその日着いてきてくれませんか?」
完全に他人事だったので一度で理解できず思わず聞き返してしまう。
「俺がですか?」
「はい、緋山さんが」
何故俺が赤峰さんの取材に?と思い首を傾げるとダイニングテーブルを挟んで向かいに座っていた彼に手を握られた。
「お願いします。だってスタジオで撮影なんですよ?初めてで緊張します」
「はぁ」
ときどきテレビにコメンテーターとして出演するためにテレビ局に行ったりしているというのに、それとは訳が違うらしい。
「別に付き添いで行くのは構いませんけど。そんなに仕事も立て込んでませんし」
赤峰さんの仕事が落ち着くタイミングで組まれた取材なのだから当然一緒に働く俺の仕事もそこまで忙しいわけではなかった。
「ありがとうございます!よかったぁ〜緋山さんが居てくれたら安心です」
「何もできませんけど」
「居てくれるだけで安心するんで!」
そんな会話をしたのが約1週間前。そして今日いよいよその取材日というわけだ。表向き秘書ということになっているのでとくに何か言われることもなく、赤峰さんと一緒に控室へと通された。
「緊張する……」
「プロ相手なんですし、大丈夫ですよ」
心なしか顔色の悪い赤峰さんの背を撫でながら、持ってきた赤峰さん用のチョコを手渡すと大人しく受け取ってもぐもぐと食べている。そんなことをしているとコンコンと控室のドアがノックされた。
「失礼します。赤峰先生、ヘアメイク入ります」
「えっ、あ、はい。じゃあいってきます」
「ふふ、頑張ってください」
きちんとヘアメイクもしてもらえるらしく、別室へと呼ばれた彼を見送った。手持ち無沙汰になったので、渡された企画書に目を通す。若手弁護士の活躍を取材したいらしい。
「あれ」
取材対象の欄によく知る名前を見つけて思わず声が漏れる。ちょうどその時、再びドアがノックされた。
「失礼します。こちら控室となりますので、お声かけするまでお寛ぎください」
「ありがとうございます」
部屋へ入ってきたその人は俺の姿を見つけると目をぱちくりとさせた。
「緋山さん?」
「こんにちは。紫ノ宮さんも一緒に取材だったんですね」
入ってきたのは明墨法律事務所の紫ノ宮さんで、ちょうど今まさに俺が企画書で名前を目にした人だった。
「赤峰さんは?」
「ヘアメイクに呼ばれて行きました」
赤峰さんも一緒に取材だと彼女は知っていたようで、俺がいることにそこまで驚いていないようだった。
「付き添いで来たんですか?」
「はい、一応秘書なので。というか赤峰さんに緊張するから着いてきて欲しいって言われたんですけど、紫ノ宮さんいるなら別に俺来なくてもよかったですね」
付き添いの理由をバラすと紫ノ宮さんはふっと笑った。
「赤峰さんのことだから、単に緋山さんと一緒に居たかっただけじゃないですか?」
出会った頃より雰囲気の柔らかくなった彼女に揶揄われて肩をすくめる。
「でも本当に緊張してそうだったので紫ノ宮さん助けてあげてください」
「嫌ですよ」
赤峰さんに対して塩対応なのは相変わらずで思わず笑ってしまった。
すぐに紫ノ宮さんもヘアメイクで呼ばれてしまったので控室で一人メールチェックをしていると赤峰さんが戻ってきた。
「おかえりなさ」
顔を上げると、プロにヘアメイクを施されていつもよりかっこいい赤峰さんがいて思わず固まる。
「なんか落ち着かないです。変じゃないですか?」
ばっちりと髪型を整えられて、化粧も少ししているのだろうか。美しい彼に見惚れてしまう。
「緋山さん?」
何も言わない俺に不安になったのか赤峰さんが駆け寄ってくる。
「あ、すみません。全然変じゃないです。素敵ですよ」
いつもと違う彼に内心どきどきしながら、それでも平静を装って答えると赤峰さんは嬉しそうに笑った。
「そういえばさっき紫ノ宮さんも来ましたよ。一緒に撮影なんですね」
「えっ、そうなんですか?」
ちゃんと話を聞いていなかったのか、聞かされていなかったのか。赤峰さんは知らなかったらしい。
「紫ノ宮さんが一緒なら安心ですね。俺いらなかったんじゃないですか」
「そんなことないです!見守っててください!」
隣に座った赤峰さんにぎゅっと手を握られてどきっとする。
すぐにスタッフの方が入ってきて、離れていった手を名残惜しく思ってしまった。

取材の前に先に写真を撮るみたいだ。スタジオに移動して照明に囲まれながら写真を撮る様子を見学する。
「もう少し顎を引いて。笑顔でお願いします」
先に一人の写真を撮っている赤峰さんを紫ノ宮さんと並んで見守っているが、緊張しているのか笑顔がぎこちない。カメラマンさんが色々な話題を赤峰さんに振って、リラックスさせようと頑張ってくれているがなかなかOKが出ない。
「緋山さん、なんとかしてください」
「そんな無茶な……」
紫ノ宮さんにぐい、と背中を押されて赤峰さんの視界に入るところに押し出される。邪魔するわけにはいかないので、ばちりと目が合った赤峰さんに口パクで伝える。
ーかっこいいです
もっと他に言うことがあるだろうと後悔したが、赤峰さんは一瞬きょとんとしたあと嬉しそうに笑った。
「それ!いいですねー!」
シャッターが切られて無事撮影は終わった。

「お疲れ様です」
「疲れました…まだこの後もあるのに」
赤峰さんと交代で紫ノ宮さんが撮影に入ったので、戻ってきた赤峰さんに水を手渡す。撮影の邪魔をしないようにスタジオの隅に置いてあった椅子に二人並んで座る。
「ふふ、でも緋山さんのおかげで少し緊張が解れました」
「もう、忘れてください」
こっちが恥ずかしくなってきて手で顔を覆う。
「え〜。嬉しかったのに」
赤峰さんに顔を覆っていた手を掴まれる。そのまま至近距離で覗き込まれていつもよりかっこいい赤峰さんに照れてしまう。
「ちょ、離してください」
「みんな紫ノ宮さんの撮影見てるのでこっちなんて見てません」
赤峰さんはそう言うと、少しだけあたりをキョロキョロして俺を周りから隠すようにしながらキスをしてきた。一瞬だけ触れてすぐ離れていった唇に呆けていると、赤峰さんは悪戯が成功した子供のように無邪気な笑みを浮かべて何事もなかったように隣に座り直した。
「…何するんですか」
「ふふ、つい」
不意打ちをくらって心臓がうるさい。そんな俺の耳元に唇を寄せて赤峰さんは囁く。
「続きは帰ってからで」
さっきまで緊張でガチガチだったくせに、今は余裕そうに笑みを浮かべる年下の恋人。振り回されるのはいつも俺の方だ。なんだか癪なので返事はせずに立ち上がると撮影がちょうど終わったらしい紫ノ宮さんがすごい顔でこっちを見ていた。
あ、これは見られたな。
恥ずかしくなった俺は赤峰さんを小突いて控室へと逃げた。