おうちカレー


例の動画の件で明墨法律事務所を訪問すると明墨先生が不在で、赤峰さんだけが一人自分のデスクで仕事をしていた。
「こんばんは」
「緋山さん、こんばんは。明墨先生ですか?」
「はい、約束より早く着いてしまって」
約束よりも三十分ほど早く着いてしまったから、先生はまだ外出中だろうか。
「先生なら食事に出ただけですからすぐ戻ると思いますよ」
「そうですか。待たせてもらってもいいですか?」
「もちろん」
どうぞ、と赤峰さんが隣のデスクの椅子を差したので大人しく座る。
「緋山さんはご飯食べたんですか?」
「いえ、食べる時間なくてまだ」
ちょうど夕食時だがあいにくまだご飯は食べていない。それを聞いた赤峰さんが自分のデスクに置いてあるビニール袋をごそごそあさり始めた。
「良かったらパン食べます?紫ノ宮さんの分も買ったんですけどいらないって言われちゃって」
今日はご飯食べに行く予定があるから〜って。彼氏ですかね?そんなことをぶつぶつと言いながら赤峰さんは自分のデスクにパンを並べ始めた。
「おすすめはこのドーナツです!それからあんぱんに蒸しパンにメロンパン…」
「全部甘いやつじゃないですか」
並んでいるパンが全て菓子パンで思わずツッコんでしまう。
「もしかして緋山さんも調理パン派ですか?それならこれがあります!」
赤峰さんが得意げに取り出したのはカレーパンで、とりあえずそれを受け取る。
「ありがとうございます」
「紫ノ宮さんも絶対甘いパン食べないんですよね〜」
それ紫ノ宮さん用に買ったやつなんでちょうどよかったです。と言われたので遠慮なく食べることにする。
「もしかしてそれ夜ご飯なんですか?」
机にのっている菓子パンたちを指差すと当然と言わんばかりに赤峰さんは頷いた。
「…大きなお世話かもしれませんが体壊しますよ」
「仕事しながら食べられるからつい。緋山さん普段自炊とかですか?」
「自炊って言えるほどじゃないですけど、赤峰さんよりはマシかもしれないです」
怒られるかと思いきや、赤峰さんは何故か目を輝かせた。
「えっ、何作れるんですか?」
「そんな大したものは。野菜炒めとかカレーとか…って、あ」
「どうしました?」
「昨日カレー作った残りあるのにカレーパン食べちゃった、と思って」
まあ冷凍でもしておけば大丈夫だろう。そう思い直してカレーパンをもう一口かじる。
「カレー?うわ、いいなぁ。なんか僕、カレー食べたくなってきちゃいました!」
「え?食べかけですけど食べます?」
そう言って食べかけのカレーパンを差し出したが違うと言わんばかりに赤峰さんはぶんぶんと首を振った。
「そうじゃなくて!緋山さんが作ったカレーが食べたいって話です!」
「え?ただのカレーですよ」
とくにスパイスにこだわっているとかもない市販のルーを使ったカレーだ。
「それがいいんじゃないですか。おうちカレー」
「そうですか?たいして具も入ってないし味気ないですよ」
夜遅くにスーパーへ行って買った見切り品の野菜やお肉で作ったカレーだ。一晩寝かせたから昨日よりは美味しいかもしれないけど。
「え〜食べに行ってもいいですか?僕待ってるんで!」
「は?なんでですか…チェーン店のカレー屋でも行った方がいいですよ」
その方がよっぽど美味しいと思うが尚も食い下がる赤峰さんに仕方ない、連れて帰るかと諦めかけたところで明墨先生が戻ってきた。
「緋山さん、お待たせしました」
「いえ、俺が早く着いただけなんで」
そのまま先生の執務室へ手招きされたので大人しく着いて行く。

「それでは引き続きくれぐれも宜しくお願いします」
「はい。何かわかればすぐに報告します」
調査の結果を簡単に報告して部屋を出る。すると待ってましたとばかりに赤峰さんが立ち上がった。
「もういいんですか?」
「はい、今日は報告だけだったので」
赤峰さんが鞄を持って俺の隣に並ぶ。
「先生、お先に失礼します」
「ああ、お疲れ様」
執務室から出てきた先生が俺たちを見送ってくれたので俺も挨拶をして事務所を出る。

「何カレーですか?」
「…本当に来るんですか?」
「僕は本気です!」
「はぁ、ポークカレーですよ」
ビール買って帰りましょう!なんて張り切っている赤峰さんに脱力しながら夜の街を帰路に着いた。