明墨法律事務所の入ったビルを出ようとしたら、外はしとしとと雨が降っていた。
「雨か……」
さっきまで降っていなかったから家を出る時に傘を持って来なかった。駅まで走るかコンビニで傘を買うか悩んでいると見知った顔がビルに入ってきた。
「あれ、緋山さん来てたんですね」
赤峰さんは俺を見つけるとビニール傘を閉じてビルに入ってきた。
「はい、野暮用で」
「誰か待ってるんですか?」
ビルの入口付近で外を眺めていたので不思議そうに赤峰さんが聞いてきた。
「いえ、傘を忘れてしまって。どうしようか考えていたところです」
そう答えれば赤峰さんは少し考えたあと、自分が持っている傘を持ちあげた。
「これ、使います?」
「いや、それじゃあ赤峰さん帰る時困りますよ」
にわか雨という感じではなさそうだし、雨がいつ止むかわからない。
「それもそうですね」
「駅までちょっとなんで走って帰ります」
土砂降りではないしそこまで濡れることもないだろうとバッグを背負い直して、ビルを出ようとしたら赤峰さんに腕を掴まれた。
「ちょっと待った!風邪ひきますよ」
「これくらいの雨なら大丈夫ですよ。あとはもう家帰るだけですし」
家に帰ってすぐ着替えれば問題ないだろう。体力はある方だし風邪も滅多に引かないから、と赤峰さんを説得しようとしたが彼は難しい顔をした。
「あーもう!そこでちょっと待っててください!」
エントランスの濡れないところを指差してそう言うと、赤峰さんは事務所へ走っていった。程なくして先ほどまで持っていた鞄を置いて、傘だけを持った赤峰さんが戻ってきた。
「駅まで送ります」
「え」
一瞬固まってしまったが、赤峰さんはすたすたと入口まで歩いていき傘を開くと、早くと言いたげにこちらを見たので慌てて中に入る。
「本当は家まで送りたいくらいなんですけど仕事が溜まってて。駅までで勘弁してあげます」
「すみません」
忙しいのに申し訳ないことをしたな、と謝ると赤峰さんは微妙な表情になった。
「緋山さんはもっと自分を大切にしてください」
拗ねたように呟いた赤峰さんの肩が傘から少し出ていて濡れてしまっているのに気が付いた。
「それは赤峰さんもですよ。肩、はみ出てます」
傘の柄を掴んで赤峰さんの方に傾けるが、すぐに戻されてしまう。
「僕はいいんです。どうせ戻ったらジャケット脱ぐし」
そういう問題じゃないような気がするが、これ以上言っても聞かなさそうなので大人しく駅まで歩くことにした。ものの5分くらいで到着したが男二人が入るには少し小さい傘だったので、赤峰さんの肩はびしょ濡れになってしまっていた。バッグからハンカチを取り出して気休め程度にぽんぽんとジャケットの水気を取る。
「ありがとうございます。別にいいのに」
「事務所戻ったらちゃんと乾かしてくださいね」
高そうなスーツだから少し心配だ。当の本人は全然気にしていなさそうだけど。
「電車降りてもまだ雨降ってたら、ちゃんと駅で傘買ってくださいよ」
改札まで見送ってくれた赤峰さんに釘を刺されたので頷いて別れる。改札をくぐってから振り返ると、まだこちらを見ていた赤峰さんにぶんぶんと手を振られたので控えめに振り返しておいた。
最寄り駅に着いても雨が降っていたので、彼の言いつけ通り傘を買う。雨の中ゆっくりとアパートまで歩いていると、小さな公園で紫陽花が綺麗に咲いているのに気が付いた。雨で濡れて鮮やかな青に、たまには雨も悪くないかもしれないと思いながら一枚写真を撮り、お礼のメッセージともに赤峰さんへ送ってみた。