ちょっとした用事で外出した帰り、事務所の近くにケーキ屋を発見した。普段通らない道だから全く気が付かなかったが、甘党の同居人が脳裏を過り、足を向ける。しかも今日は裁判の準備で事務所に缶詰だと言っていたからお土産にも甘い物はちょうど良いだろう。
「いらっしゃいませ」
可愛らしい店内に一瞬怯むが店員の女性に優しく微笑まれたので出るわけにも行かず、そのまま店に入った。ショーケースにはけっして多くはないもののキラキラと美味しそうなケーキが並んでいた。赤峰さんならなんでも喜んで食べそうだが、普段ケーキなんて買わないから何を買ったら良いのかよくわからない。
「すみません、おすすめってありますか」
少し悩んでみたものの、大人しく店員さんにおすすめを聞くことにした。
「季節限定の桃のケーキは今人気ですね。あとは定番のショートケーキがおすすめです」
「じゃあそれを一つずつお願いします」
考えることを放棄して、その二つを買うことにする。ケーキを箱に詰めてもらっている間、ショーケースに並ぶホールケーキを見て子供の頃を思い出す。高校生になっても、母さんは俺の誕生日にいつもホールケーキを買ってきてくれたっけ。普段は質素な食事だったが、誕生日だけは俺の好きなものをたくさん作ってくれた。そんな母さんに親孝行できなかったのが人生最大の後悔だ。
「お持ち歩きの時間はどれくらいかかりそうですか?」
「あっと、すぐそこなんで。10分もかからないかと」
ショーケースを眺めながらぼーっとしていると、あっという間にケーキは箱に綺麗に詰められていた。会計をしようとしたレジの横に袋詰めされたドーナツが並んでいて、思わずそれも買ってしまった。
「甘いものお好きなんですか?」
ドーナツも追加で買ったからか、にこにこと人好きのする笑顔で尋ねてきた店員さんに少し気まずさを感じる。
「いえ、私はあまり食べないんですが同居人が好きで……」
なんとなく恋人と言うのは恥ずかしくてそう濁してしまった。
「そうでしたか」
仲良しなんですね、そう言われてなんだか気恥ずかしくなる。
「ありがとうございました」
店員さんは良い人だったが、恥ずかしくてもう来れないかもしれないなんて思いながら事務所へ戻る。
「戻りました」
「おかえりなさい」
事務所へ戻ると、出た時よりも疲れ切った表情の赤峰さんがパソコンと睨めっこしていた。
「これ、よかったらどうぞ」
デスクにケーキの箱が入った袋を置くと、赤峰さんは中を覗き込んですぐに顔を上げて俺の方を見た。
「なんですか」
「これ近くのケーキ屋のですよね!」
勢いに押されつつ頷くと赤峰さんは早速箱を取り出している。
「知ってたんですか?」
「はい!けっこう人気でいつも並んでるから諦めてたんですよ」
どうやら人気店だったらしい。たしかに小さい店だったからすぐ外に人は溢れそうだ。
「じゃあタイミング良かったんですかね。すんなり買えましたよ」
赤峰さんはすぐに食べそうな勢いでケーキを取り出していたので、手を洗ってついでに皿とフォークを棚から出す。
「緋山さんどっち食べます?」
「えっ、どっちでも…というか二つともあげますよ」
嬉々として尋ねられたのでそう答えると赤峰さんは真剣に悩み始めた。
「緋山さんが買ってきてくれたんですからそういうわけにはいきませんよ」
どっちにしようとあまりにも真剣に悩んでいるからとりあえず放っておいてコーヒーを淹れることにした。空っぽになっていた赤峰さんのマグカップも回収してコーヒーを淹れる。
「決まりました?」
両手にマグカップを持ってデスクに戻ると綺麗に半分にカットされたケーキが二つ皿に並んでいた。
「決めきれなくて半分こしちゃいました」
いいですか?と不安そうにこちらを見る赤峰さんに思わず笑ってしまう。
「だからどっちも食べていいって言ったじゃないですか」
そう言ってコーヒーを渡せば赤峰さんは拗ねたような表情になった。
「美味しいものは一緒に食べたいんです」
ダメですか?と、彼がお願いごとをするときに使う子犬顔で尋ねられたので大人しく負けてケーキが乗った皿を受け取る。好んで食べないだけで甘い物が嫌いなわけではないし。
「それじゃあいただきます!」
ケーキを受け取った俺に満足したのか、嬉しそうにまずは桃のケーキを一口フォークで口に運んでいる。
「ん!美味しいです!これ美味しいですよ!」
彼に尻尾がついていたらきっとぶんぶん振っているだろう。そんな喜びように大袈裟だなと思いながら自分も一口ケーキを食べるとたしかに美味しかった。
「ほんとだ。美味しいですね」
甘さ控えめで果物の美味しさも引き立っている。思わずすぐにもう一口、桃のケーキを口に運んだ。
「でしょう?」
「なんで赤峰さんが得意げなんですか」
「だって誰かさんが食べなくていいとか言うから」
たしかに同じ物でも二人で食べればより美味しくなるかもしれない。彼の思考に若干毒されつつ、のんびりと束の間のティータイムを楽しんだ。