海とラムネ

「あ゙ーだめだ!何にも思いつかない〜」
晴れた日の午後三時過ぎ、珍しく煮詰まった様子の赤峰さんがデスクに突っ伏した。来週から始まる裁判の準備をしているみたいだが、なかなか弁護する上での糸口が見えてこないらしい。
「気分転換でもします?」
今日一日ずっと唸っていたのでそう提案してみると赤峰さんはむくりと起き上がった。
「気分転換って?」
「んー、ドライブでも行きますか?」
特に何も考えていなかったので、あったら便利だろうと最近赤峰さんが買った車のキーをデスクの引き出しから取り出す。一応赤峰さんの車だが運転手はほとんど俺だ。
「いいですね!行きましょう!」
さっきまでとは打って変わって、目をキラキラさせながら赤峰さんは立ち上がった。
「はいはい。戸締りしていくんで先乗ってて下さい」
車のキーを手渡して、手順通りに事務所のセキュリティをかける。
エンジンのかけられた車に乗り込めば助手席に乗った赤峰さんが何の曲を流すか真剣に考えていた。
「シートベルトして下さいね」
「はい!緋山さん何聴きます?」
「おまかせします」
流行りの曲には疎いので完全にお任せする。どこへ行こうか一瞬だけ考えて、海でも見に行こうかとハンドルを切った。

「〜♪」
流れる曲に合わせて鼻歌を歌ってご機嫌な赤峰さんを横目にアクセルを踏んで街を抜ける。
「車買ってよかったです」
「赤峰さんが運転してる姿、今のところ見てないですけどね」
「だって緋山さんが運転してくれるから……」
「赤峰さん専属運転手です」
「ふふ、いいですねそれ」
冗談っぽく言ってみたがとくに間違っていない。車で書類を読んでも酔わないのか、赤峰さんは移動中もがんがん仕事をしているので時間を有効活用してもらうためにも運転は俺の役割だ。
「あ、ほらもうすぐ見えますよ」
「何が…って、わぁ!綺麗ですね!」
行き先を告げていなかったので、景色がひらけて海が見えた瞬間、赤峰さんは良いリアクションをしてくれた。海岸線を少し走って、海水浴場の駐車場に車を停める。平日の夕方だからか、大学生っぽいグループが一組いるだけで海水浴場は空いていた。
ギリギリ開いていた海の家で瓶のラムネを買って、赤峰さんに手渡す。
「車なので赤峰さんもこれで我慢して下さい」
本当はビールを飲みたくなる天気だが、飲酒運転になってしまうので赤峰さんも道連れでラムネにした。
「瓶のラムネとか久しぶりに見ました。ってうわ!失敗した!」
栓を開けるのに失敗してラムネを溢れさせて慌てている赤峰さんを見て、思わず笑ってしまう。
「下手くそですね」
「そんなこと言ってると緋山さんだってベタベタになりますよ」
溢れたラムネで手がベタベタになった赤峰さんがじとりとこちらを見たので、ビー玉を押し込んでラムネを開ける。とくに失敗することなく開けられたのでドヤ顔で赤峰さんを見れば悔しそうな顔をしていた。

「夕日、綺麗ですね」
「ちょうど良い時間でしたね」
砂浜に降りる手前の塀に腰掛けて海を眺めながらラムネを飲む。時折、瓶の中に入ったビー玉がからんと音を立てて夏を感じさせた。
「僕、ちょっと手洗ってきます」
べたべたの手が気になるのか、靴と靴下を脱ぎ捨てて、ズボンを捲って海に向かった赤峰さんの背中を眺めていたら、彼がしゃがんで海に手を入れたタイミングで大きな波が来た。
「あ」
思わず声を漏らした次の瞬間、波に襲われてびしょ濡れの赤峰さんが呆然と立っていた。
「っくく、大丈夫ですか」
一応駆け寄ってみるものの笑いを堪えきれない。水も滴る良い男、ではあるものの当の本人がしゅんとしてて思わず笑ってしまう。
「ほら、風邪引きますよ。たしか車にタオルありますから」
そう言って彼の腕を引こうとした瞬間、逆にぐいと手を引かれて彼の方へよろける。
「あっ、ちょ、あぶな!」
海に突っ込むのは免れたもののびしょ濡れの赤峰さんに抱きついてしまった。
「危ないじゃないですか」
「僕だけ濡れるのは不公平なので」
そう言ってにやりと笑った赤峰さんは、海水に濡れた指で俺の唇をなぞる。隙間から流れ込んできた水がしょっぱい。そのまま今度は優しく唇で塞がれた。
「ん、しょっぱいですね」
「赤峰さんのせいですよ」
お互いの白いワイシャツは海水に濡れて透けていた。いつのまにか大学生のグループもいなくなっていて、広い砂浜に二人きりだ。
「緋山さん、もう一回キスしても良いですか」
夕日をバックに、濡れた黒髪がキラキラと輝いていた。