アイス

真夏日を記録したある日、事務所のエアコンが壊れて修理に来るまで3日もかかると言われてしまった。初日は自宅で仕事をしてみたもののいまいち集中できなかったので、2日目の今日からは明墨法律事務所に避難して仕事をしている。
「今日あっついねー」
「最高気温35℃らしいですよ」
「え!まじ?」
白木さんと紫ノ宮さんがそんな話をしているが事務所内はエアコンが効いていて快適だ。ミルも日向ですやすやと昼寝をしている。先生と青山さんは外出中だ。
「…アイス食べたくない?」
「いいですね」
白木さんの呟きに何も考えずに同意すると彼女はにっこり笑った。何だか嫌な予感がする。
「じゃあじゃんけんで負けた人が買い出しね!」
「え〜それならいいです」
暑い中わざわざ外に出てまで食べたくはない、と降りようとするが許されなかった。
「もう遅いよ!しのりんも参加するよね?」
「いいですよ」
「えぇ!?紫ノ宮さんさんまで……」
負けなければいいんだから!と勢いに押されてじゃんけんに参加するハメになってしまった。突然騒ぎ始めた僕たちに何だ何だとミルが起きて足元までやってきたのでとりあえず撫でておく。日向ぼっこをしていたから毛が熱くなっていて少し心配したが尻尾をぶんぶん振っているので元気そうだ。あとで水を取り替えてあげよう。
「よし!それじゃあいくよ!最初はグー、じゃんけん…」

「結局僕が負けるんすよね……」
あっさりじゃんけんに負けてがっくりと肩を落とす。何だかこうなるような気がしていた。
「じゃあよろしくねー!あ、先生と青山さんの分も忘れないでね!」
「私ハーゲンダッツがいいです」
「はいはい、いってきます……」
財布とスマホだけ持って事務所を出たところで緋山さんがやってきた。
「あれ、出かけるんですか?」
「緋山さん!ちょうどいいところに!」
暑いしとくに外部との打合せもないからか緋山さんはTシャツにキャップを被っていて、ラフな服装だ。今日は家にいると思っていたけど何か用事かな、と少し気になったものの事務所に向かっていた緋山さんを回れ右させて背中を押す。
「コンビニ行くんで付き合ってください」
「ええ?せっかく涼めると思ったのに」
嫌そうな顔をしつつも付き合ってくれる緋山さんと並んで外に出る。
「あつ……」
「駅からちょっと歩いただけで汗だくですよ」
そう言って帽子を外して汗を拭う緋山さん。僕も帽子が欲しくなる日差しだ。
「まあまあ、コンビニすぐそこなんで…」
「そもそも何でこんな暑い中行くんですか」
「それはその、じゃんけんに負けて」
「じゃんけん?」
は?という顔をした緋山さんに先ほどの流れを説明すると呆れられた。
「赤峰さんってそういう役回りですよね」
「自分でも最近そんな気がしてきました」
なるべく日陰を探しながらコンビニまで並んで歩くが、徒歩3分くらいの距離なのであっという間に辿り着いた。
「涼しい……」
「生き返りますね」
コンビニに足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした冷気に包まれてほっとする。
「緋山さんどれにします?」
「俺ですか?」
付き合ってくれたお礼に緋山さんにもアイスを選んでもらう。事務所のみんなには適当に何種類か買っていけばいいだろう。紫ノ宮さんのハーゲンダッツだけは忘れないようにしないと。
「じゃあこれで」
そう言って緋山さんがカゴに入れたのは一番安いソーダ味のアイスだった。
「それでいいんですか?もっと高いやつでも。ハーゲンダッツとか」
「いや、これ好きなんすよね。さっぱりしてるじゃないですか」
たしかに緋山さんはあまり甘いものを食べないから却ってこっちの方がいいのか。一人で納得して自分の分のチョコモナカアイスをカゴに入れた。会計を済ませて外に出ると再びもわっとした暑さに包まれる。
「どうぞ」
「ごちそうさまです」
せっかくなので食べながら帰ろうと、早速買ったアイスを開封する。
「おいしー」
信号待ちをしながら一口かじると冷たさが口に広がる。暑い外で食べるのも夏を感じられて良いかもしれない。
「アイスなんて久しぶりに食べました」
「今度うちにもストックしておきましょう」
家の冷凍庫は冷凍食品ばっかりでそういえばアイスが入っていない。何なら帰りに買って帰ったっていい。
「うわ、たれてきた」
外が暑過ぎてあっという間にアイスも溶けてくる。緋山さんは手に持った棒から溶けたアイスが滴ってきて、慌てて舐めていた。手首まで伝ったアイスを舐めとる姿を見て、思わずごくりと唾を飲み込んでしまう。
「どうしました?」
僕があまりにも凝視していたからか緋山さんが不思議そうにこちらを見た。
「いえ!何でもないです!」
慌てて視線を逸らしてアイスに齧り付く。

「戻りましたー」
「お邪魔します」
「おかえりー!あれ、緋山さんと一緒だったんだ」
事務所に戻ると白木さんは待ってましたと言わんばかりにアイスの入った袋を受け取った。
「俺、ちょっと手洗ってきますね。アイスでべたべた」
そう言って流しに向かった緋山さんの背中を見送りつつ、先ほどのアイスを舐めとっていた緋山さんの赤い舌が脳裏をチラつき、上がりそうになる体温を感じてぱたぱたと手で顔を扇ぐ。
「そんなに暑かったの?外」
「…はい」
僕が買ってきたアイスを食べながら首をかしげた白木さんには適当に誤魔化しておいた。