「―――その時ね、むかつくけど確かに父が迎合するだけあるって思ったの」
「姫さん、最初から俺への敵愾心を隠しませんでしたからねえ。わかりやすかったですよ」
「そこは甘言でも、姫様のあふれる才気で気づきましたと言いなさいよ。気の利かない男ね」
「なにぶん戦ごとしか取り柄のない男ですから。その手はどうも不向きで」
「そうねえ……。賈詡は世辞にも人好きする顔じゃないわよね。むしろ讒言を弄して人を蹴落とす顔をしているわ」
「あっははあ!こりゃ手厳しい。だがあなたの父上にはそれなりに忠を以て献策してきましたよ」
「……忠心がなくなったから曹操につくの?」
歯に衣を着せぬ言い方で訊ねれば、それまでの応酬がぴたりと止む。水を打ったように静まった室内に流れる沈黙は、耳鳴を引き起こした。我が父・張繍は賈詡の進言を聞き入れ、曹操に楯突いた。彼らを追い詰めるまでに至ったものの、結果は敗北。父は敗死、兵士たちも数多亡くなった。父の腹心だった賈詡はあろうことか曹操に降った。
「曹操殿は皇帝を保護し、天下に最も近しい位置に居る。他国を均すには今以上に多くの戦をし、多くの策を必要とする。そこでなら自分の才を活かせると踏んだんですよ」
「父はあなたの才を活かすに相応しくなかったと言うの?」
「まさか!張繍殿もよくしてくれましたよ。だが死んだ現実は変わらない。……俺は忠義に命を落とす気はないんですよ、姫さん」
「……そう。やっぱりあなたはむかつく男ね」
「それは失礼。――で、これから姫さんはどうするんで?まさか城と共に落ちる気ではありませんでしょ」
「そのまさかよ」
ここでようやく表情が変わる。驚愕に見開かれた目に、初めて心から笑いがこぼれた。
「知らなかったでしょ、私が命よりも思い出に耽る女であること」
「……本気で?」
「ええ、だからさよならよ。命を落とさないようせいぜい頑張りなさいね、賈詡」
薬草をすり潰したように眉根を寄せる彼を見送る。乱世に幸福など望んでなかった。強いて言うなら、好きな人と終わることを幸福とした。だが叶えられそうにないみたいだ。
幸せになれなくてもいい