竹簡を棚へ納める最中、そんなことを吐露した。直属の上官でありながら旧知の仲でもある荀ケが、それに反応して顔を上げる。
「そうでしょうか?」
「うん。むしろ劉備様に就くと思ってた」
ゆるりと丸められた黒目。辺りへ散らす視線は余人が居ないことの確認だろう。誰も居ないと知り、再度自分へ向けられる。
「何故?」
「劉備様の掲げる訓示が文若のそれと重なるかなって。ほら、劉備様って民想いの仁君って評判だし」
「それは曹操殿も同じこと。殿も乱世に喘ぐ民草を考えておりますよ」
「それはそうなんだけどさ」
勿論、自分が仕える主を悪し様に貶めるつもりはない。于禁様ほどといかずとも、律に厳しいのはそれだけ早く治安の悪さを治めようという表れでもある。そこは理解しているのだが、そうは言っても品行方正と謳われた彼が、己の覇道のために地を荒らす曹操様に就いたのはやはり衝撃的といわざるをえない。
「殿は我らより遥か先を見据え、今を辛抱しているのです。だからこそ私はあの方をお支えしたいと思うのですよ」
「……じゃあさ、劉備様のことはどう思ってる?」
「そうですね……」
考え込むように顎に指を当てて、しばらくしてから口を開く。
「弱き民を扶けるよい君主だと思います。劉備殿は漢室の末席に連なる方。彼が善い行いをすれば、ますます漢室の威光は強くなるでしょうね」
そこまで褒めて突然、しかし、と暗い顔をする。
「仁心は大切ですが、それだけでは万民を扶けられない。漢室の臣下として、曹操殿をおいて他に乱世を治められる方は居ないでしょう」
「ふうん……。ま、確かに劉備様は兵力ないもんね」
「力がなければ世は治められませんから」
仕える理由