「(飲みに誘いたい……)」
最初はなんとも思わなかった。上官の不興を買わず、己の責務に忠実にいようと、それだけを心がけていた。褒められることがなくとも無理な要求などせず、定刻になれば必ず「お疲れ様でした」と言って帰す彼の姿に、いつしか話してみたいという関心が沸いた。趣味とか休暇はどう過ごすのかとか、良く言えば他愛ない雑談。でも飾らず言えば詮索であり、それが引っかかって未だ叶わずにいる。荀ケ殿に飲みに誘われたんだ、と意気揚々に報告してきた幼馴染の兵士はなんと言われたんだろう。どだい一下官の自分が彼を誘ってもいいものだろうか。よしんば誘ったとして、酒席を盛り上げる術など持ち合わせていない。上官を退屈させてしまうなら端から誘わない方がいいかもしれない。
「(酒で打ち解けるとも限らない……)」
せっかく時間を割いてるのになんだこの時間は、とでも思われたら今後に響くし最悪左遷されるかも。己の進退に直結することから、やはり行動に移さない方が賢明かも。そう思ったところで眼前の棚に落ちる影が左右に動いた。振り向くとすぐそこに荀攸様の背中があって、しばらくの間硬直していた私だったが、棚から竹簡を抜く様にはっと我に返って頭を下げる。
「もっ、申し訳ありませんっ!自分が居ながら荀軍師様のお手を煩わせてしまい……!」
「いえ、大丈夫です」
素気無い一言。ざっくり抉られたような気持ちになる。血の気が失せる頭を下げ続けていれば、目の前に彼の沓先が視界に入り込んだ。
「頭を上げてください」
言葉に従えば、いつもと変わらない無表情の彼が居た。
「こちらを満寵殿に届けてきてください」
「えっ。あ、は、はい!」
竹簡を受け取ると見るや己の几に戻っていったのを見、堪らず声を上げる。
「あのっ!荀軍師様の邪魔にならぬよういっそう励みますので、どうか今一度ご慈悲を……っ」
「問題ありません」
「……え?」
「意気衝天で結構。これからもお願いします」
顔や声音こそ淡々としたものだったが、言葉を噛み砕くに彼なりの激励と思うことにした。もしかしたら荀攸様って思ったより情が薄い人じゃないのかも。仕事終わりに誘ってみることを決意した。
きっと大丈夫