「あの商人の言う通り良い香りですわ」
「はい。流石の慧眼です」
滔々と茶杯に注ぐ。深い青色に染まった茶杯は微かに白い湯気をくゆらせ、芳醇な香りを部屋に満たした。
「どうぞ」
言って、彼女の前に茶杯を置く。
「頼んだ物は用意しておいてくれたかしら」
「はい。ここに」
傍に置いておいた提盒を見せ、蓋を開ける。もわぁと濃い湯気が立ち上がり、中から顔を出したのは焼き立ての天心だった。ふっくら丸いそれは二つ並んでいて、具材を閉じ込める皮は純白と呼べるほど。甄姫様は大変満足そうに笑った。
「あなたはほんとうによくできた侍女ですわ」
「甄姫様?」
目を丸くした私に、甄姫様は笑みを深める。
「あら。そんなに意外?」
「急だなと思いまして……」
「尽くしてくれる子にはご褒美をあげなくてはね」
「………………なくてもいいです」
ぽつりと呟く。
「褒美がなくても、甄姫様のお目に止まることがなくても、私はずっと甄姫様のお傍におります。居させてください」
堪らず俯いて衣をぎゅっと掴む。優雅で妖美な甄姫様に仕えることが叶えば、それ以外は望まない。彼女こそ自分の至宝なのだから。耳元にくすくすと小気味よい笑い声が届く。衣擦れの音と共に頬に手を添えられ、ゆるりと持ち上げられる。目と鼻の先に花顔があった。夜に浮かぶ月を想起させる色香に眩暈を覚えた。
「私を求めるなんていけない子」
窘める言葉にどくんと心臓が跳ねる。さっと血の気が失せたと同時に、下唇を拇指の腹で押し上げられた。乾燥でかさついた唇をさらさら撫でて、笑みを深める。さっきとは別の意味で心臓が落ち着かなくなり、瞬く間に全身が熱を持つ。後頭部を殴られたような衝撃に目の前が白く弾け、甄姫様の顔を映しているはずなのに、酷く現実味が薄れて見えた。
「―――けど許しましょう」
ほっと肩が脱力する。
「心移りは許しませんことよ。いいわね?」
すっと細められた目。冷ややかな眼差しに肩がこわばるが、自分は小さく頷いた。お預けを食らった犬のごとく、餌を求めて。
ずるい人