甄姫

甄姫様に言われお茶の支度をする。なんでも商人から異国で有名な茶葉を買ったらしい。甄姫様の侍女とはいえ私に振り分けられた職務は多岐に亘っており、日がな一日彼女に侍っているわけではない。なので彼女の私室で二人だけという今の状況は、不謹慎ながらも嬉しかった。

「あの商人の言う通り良い香りですわ」

「はい。流石の慧眼です」

滔々と茶杯に注ぐ。深い青色に染まった茶杯は微かに白い湯気をくゆらせ、芳醇な香りを部屋に満たした。

「どうぞ」

言って、彼女の前に茶杯を置く。

「頼んだ物は用意しておいてくれたかしら」

「はい。ここに」

傍に置いておいた提盒を見せ、蓋を開ける。もわぁと濃い湯気が立ち上がり、中から顔を出したのは焼き立ての天心だった。ふっくら丸いそれは二つ並んでいて、具材を閉じ込める皮は純白と呼べるほど。甄姫様は大変満足そうに笑った。

「あなたはほんとうによくできた侍女ですわ」

「甄姫様?」

目を丸くした私に、甄姫様は笑みを深める。

「あら。そんなに意外?」

「急だなと思いまして……」

「尽くしてくれる子にはご褒美をあげなくてはね」

「………………なくてもいいです」

ぽつりと呟く。

「褒美がなくても、甄姫様のお目に止まることがなくても、私はずっと甄姫様のお傍におります。居させてください」

堪らず俯いて衣をぎゅっと掴む。優雅で妖美な甄姫様に仕えることが叶えば、それ以外は望まない。彼女こそ自分の至宝なのだから。耳元にくすくすと小気味よい笑い声が届く。衣擦れの音と共に頬に手を添えられ、ゆるりと持ち上げられる。目と鼻の先に花顔があった。夜に浮かぶ月を想起させる色香に眩暈を覚えた。

「私を求めるなんていけない子」

窘める言葉にどくんと心臓が跳ねる。さっと血の気が失せたと同時に、下唇を拇指おやゆびの腹で押し上げられた。乾燥でかさついた唇をさらさら撫でて、笑みを深める。さっきとは別の意味で心臓が落ち着かなくなり、瞬く間に全身が熱を持つ。後頭部を殴られたような衝撃に目の前が白く弾け、甄姫様の顔を映しているはずなのに、酷く現実味が薄れて見えた。

「―――けど許しましょう」

ほっと肩が脱力する。

「心移りは許しませんことよ。いいわね?」

すっと細められた目。冷ややかな眼差しに肩がこわばるが、自分は小さく頷いた。お預けを食らった犬のごとく、餌を求めて。





ずるい人

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