王異と義姉妹設定
哥哥の妻・王姐はどんな時でも酔わない。甕の一つや二つどころではない。城中の甕を集めても酔ったところを見たことがないし、顔すら赤くならない。そんな王姐は曹操様の麾下に入っても変わらなかった。
「こっちに来て顔をよく見せて」
やっぱり二つだけ変わったところがある。哥哥含めた親類縁者すべてを馬超に殺されて以降、毎回と言っていいほど私を隣に座らせて酒を飲むようになった。王姐は余人の居る場所で飲みたがらないためいつも月の見える静かな場所を選ぶのだが、彼女は決まって甕を携えて私を侍らせ、まるで哥哥に甘えるように私にしなだれかかる。もう一つ変わったこと、それは。
「私の可愛い名前」
月の粉をまぶしたかのように白く輝く手が頬を撫で、ぷっくりとした唇を私の唇に重ねる。夜気か酒か、唇はほんのり冷えていて薄ら酒の味がした。下唇を舐められ角度を変えて何度も啄まれる。酒が薄い皮膚に染み込んでいき、くらりと眩暈を覚えた。腰を抱き寄せる腕は細くても抗えないほどしたたかに食い込んできて、戦場へ赴く彼女の後背が目蓋の裏を掠めた。王姐の熱くて艶かしい吐息がかかる。目を開けた先には、凍った水面を想起させる双眸が煌めいていた。
「可愛い可愛い私の名前。あなたは私が守ってみせるわ。唯一残った大切な家族だから」
王姐は酒に酔わない。戦に酔わない。いつも残酷な現実を見続けている。だからなのだろうか。それとも、王姐の言う家族には妹に口付けるしきたりでもあるというのか。彼女の胸中は見通せない。だって戦も争いもない、閉ざされた門の中で生きてきたから。ゆえに今宵も繰り返し紡ぐのだ。
「―――はい、姐姐」
月の白光に照らされた花顔が綻ぶ。腰を抱き寄せ、髪を撫でる手はさながら情人を慈しむよう。それでも私は甘んじなければいけない。内心に点る暗澹たる気持ちを押し殺して、何も知らぬ妹を演じなければいけない。でないと、飢えた情欲に食われてしまうから。
我慢するのは得意