「寝るなら牀に上がらんか」
「痛っ!」
頭頂部に突然降った痛み。一気に眠気が弾け飛び、がばっと体を起こす。眠気を引きずって状況把握に時間を要したが、朧気な輪郭が現実味をはっきりさせると、牀に横たわる彼の体が眼下に捉える。体を覆う被子から腕を出していて、握られた拳を見て拳骨食らったことを知る。
「ひ、酷い……!それが寝ずに番をした妻への労いですか!」
「我輩の上で寝息を立てておいてよく言う」
「えっ。そんなに寝てました?わたし」
「ぴくりとも反応せなんだゆえ、愉しませてもらったぞ」
意地悪そうに吊り上げた笑みに背筋が凍る。こういう時の夫はほんとうに愉しそうにするので、不承不承ながら自分は玩具に徹してしまう。健気な妻ですね、と言ったその昔、彼に自分で言うのかと冷めた目を向けられたことがある。
「……心臓の音だったんだ」
「何がだ」
「潮騒が聴こえたんです。でも違いました」
夫の鼓動が潮騒なんて彼に笑われるかも。そう思ったが、意外にも彼は、そうか、と言うに留めるだけだった。
「押す波もあれば引く波もあろうな」
染み入るようにこぼす彼に、つんと胸が痛くなって目の奥が熱くなる。
「ほんとに……、逝っちゃうんですか」
言って、はっとする。
「ごめんなさい!」
「何故謝る」
「……配慮が足りませんでした」
項垂れる自分の髪がふと持ち上げられた。釣られて顔を上げると、我が夫が穏やかな顔をして自分を見つめていた。いつもは口も眉も真一文字に結んで眉間を寄せている顔なのに、近づきがたい厳格な雰囲気が今綻んでいる。目を見張ると同時に胸がときめいた。髪を撫でていた手が頬に宛てがわれ、骨に薄皮が張り付いたようなかさついた指がくすぐるように動く。何もできなくてされるがままだった。
「おぬしはそのままでよい。美点を曇らせるな」
「やめてください。褒めるなんてこと、徳謀様には似合いません」
「己の妻を貶す夫が何処に居よう」
「やです。ここに居ます。ずっとずっと、ここに居るんです」
彼が自分の名前を口にする。そこに含まれる想いなんて、考えたくなかった。
「いいんですか、わたしを一人にして。悪いことたっくさんしますよ。昼夜逆転生活しますし、贅沢しちゃいます。浮名だって徳謀様のそれとは比較にならないくらい流しちゃいますよ。それでもいいんですか」
「……おぬしは」
「…………なんですか」
不機嫌を露わに訊ねれば、彼はふっと口角を崩した。
「致し方あるまい。そこまで言われては面倒見るしかない」
「だったら―――」
「来世で待っておる」
どくり、と心臓が一際大きく脈動する。生まれ変わっても自分を娶ってくれるんですかとか、なんで来世なんですかとか、今居てほしいのにとか、言いたいことは山のようにあるけど、静かに目蓋を下ろした彼を見てそれらはすべて呑み込んだ。
来世でもよろしく