笛の音が何処からか聴こえ、脚が自ずとそれを辿る。壁を曲がった先に居たのは愛しい彼の後背と、それに寄り添う幼妻の姿。歓喜に震えた鼓動が一瞬にして鳴り止む。こちらに気づいたらしい妻の方が、ぱたぱたとはしゃぐ子供のように駆けてくる。
「名前!」
「こんにちは。ご機嫌麗しゅうございますか?小喬様」
「もー、相変わらず堅いなぁ。もっと砕けて話そーよ」
「そういうわけには参りませんわ。小喬様と私とでは身分が違いますもの。ご理解くださいませ」
「むう……」
「―――小喬。あまり名前を困らせないでやってくれ」
凛とした声が割り込む。とくん、と熱を失った心臓が逸り出す。憐れで惨めでなんと情けない。これでは餌を待つ犬のようだ。彼と私との間に漂う後ろめたい空気などこの幼妻には到底わかるはずもなく、彼女一人だけ嬉々としていた。
「そうだ!これから周瑜様と舟に乗るんだけど、名前も来る?」
「小喬、それは―――」
「周瑜様も聴いてもらおうよ。ね?行こ!」
手を取られ、思わず彼の方に目を向けてしまう。ばちり。視線が合わさってしまうが、先に目を逸らしたのは彼だった。緩やかに間欠的に鼓動が鎮まっていく。
「お誘いは嬉しいのですが、ごめんなさい。夫との約束がございますの」
「そっかぁ。それはしょうがないね。また行こうね!」
「ええ。いつか」
言って、二人を見送る。逸らされた視線が交わることはもうなかった。一人になった庭の端で膝が崩れ落ちる。鼓動の都度、はち切れそうな痛みが走る。涙があふれ出る。彼の隣に居たのは私だった。美周郎と謳われる彼に劣らぬよう、立ち居振る舞いも舞も音曲も必死に叩き込んだのに、隣は彼女に盗られてしまった。良心の呵責に耐えきれなかったのか、彼は私を自分の全幅の信頼を寄せる下官に嫁がせた。なんの慰めにもなりやしない。夫からは上官の手前仕方なく貰ってやったとあしらわれ、宮中ではかつて愛した男とその妻の睦まじい姿を見せつけられる。愛した男は自身の罪だとでも言うような目を向ける。苦しい、痛い、辛い。この上、実父から周瑜を暗殺しろなどというふざけた命令も下される。こんなのが私の天命というのなら、そんなものはくそくらえだ。
運命なんて、くそくらえ