徐盛

徐盛殿は面倒見がいい。部下であった夫の遺髪を渡す際、何か入用であれば遠慮なく俺に言ってほしい、と自ら言ってくださった以降、ほんとうに甲斐甲斐しく見てくれるようになった。幸い独り身であるので、身を立てることはそう難しいことじゃない。伶人れいじんとして良家の子女に指南すればそれだけで食べていける。運が良ければ再縁に恵まれる可能性もある。生活に困窮しているわけではないのだが、それでも彼のおとないは絶えることはなかった。

「街で珍かな物を手に入れた。女心に明るくない自分が選んだものゆえ気に入るかわからんが、よければ貰ってほしい」

そう言って差し出した木箱。食糧の融通をしてもらい、冬は手炉を贈られ、たまの晴天には遠乗りに誘われる。夫には何度も助けられたゆえ恩返ししたい、と彼は言っていたけど、私自身が返さねばならぬ恩ばかり募って、正直を言えばこの木箱とて、諸手を挙げて受け取るには少々気が引けた。けれども数々の恩を授かっておいて、これだけ突き返すというのも不義。礼を述べてかぱりと開けた。

「―――これは」

中にあった物を見て絶句し、彼を見遣る。表情を硬くしていた彼が、私の戸惑いを受けて後頭部を掻く。

「やはり本心を打ち明けずして渡すのは筋が通らんな」

「徐盛様……」

「だがそれの通りだ。最初はただ恩を返すつもりだった。だがお前と逢瀬を重ねるにつれ、心を奪われてしまった」

私を見る眼差しが凛々しく真剣味を帯び、紡ぐ言葉一つ一つに心臓がときめく。きゅうぅ、と胸が締め付けられて苦しい。目の奥がかっと熱くなる。

「お前を一人にしたくない。これからは俺の傍で共に歩んでくれないだろうか」

途端、視界がぱっと華やいで色づく。箱に入っている簪を手に取る。しゃらん、と小粒の石がぶつかって小気味よい音を放つ。彼のまとう衣のように情熱的な赤に染まった簪を、自分の髪に挿す。

「わたくしも、あなたのお傍で歩きとうございます」

内側から込み上げる激情に口元を崩すと、体を掻き抱かれた。がっしりとした腕が背中を押し込め、岩壁のごとき胸板が私のすべてを受け止める。伏せた目蓋に浮上する亡くなった夫。残された時間を彼と過ごすこと、どうかお許しくださいませ。





ここから始まる

前へ次へ






指先