戦争ってもんは、大小こだわらなければ毎日何処かで起きている。今にも空腹で死にそうな旅人と、自分の野菜を売って家族を養わなければいけない商売人。自分の生活が苦しくても納税しなければいけない農民と、きっちり絞り上げなければ自分の首が飛んでしまう小役人。宦官と豪族。皇帝とそれ以外。視野を広げればこんなにも戦争で溢れている。
「寝ても覚めても戦戦戦ばっかり。やんなっちゃうね」
はあ、と息をつく。武芸を売って各地を転々としているが、正直旅と言われるような感覚はついぞ身につかない。北に行こうが南に行こうが光景はどれも一緒だからだ。飢えに苦しみ野ざらしの民と、己の保身に戦々恐々な小役人と、自分の欲望に忠実なお偉方。中には荒廃しきった時代に不釣り合いな良心を持つ人も居るけど、そういうのは大抵淘汰されて消えていく。
「知ってた?北と南では穫れる物も食べる物も違うんだって。川越はきつかったけど美味しかったなぁ、南のご飯。―――あ、もう聞こえてないか。ごめんごめん。暇だからさ」
腕を引き上げると、深々と沈んでいた刀身の先が顔を出す。穂先からはぽたぽたと鮮血が滴り、その下に横たう骸の顔を赤く汚していく。濁った目は大きく開かれて固まり、気色ばんでいた顔は土気色を通り越して白く、男の喉元には今しがた抜いた剣の形の穴があり、そこからはびゅっびゅっと血があふれている。反乱を起こした農村に住む男の一人だ。
「さーてと。報酬を取りに幕営に戻りますか」
農民の一揆を収めるために自分は雇われた。私兵も居る家なのに何故流浪の私を、とは思ったがそこはそれ、沈黙は金というやつだ。納得できるような説明ができるふうでもなかったし。私兵が常貰っている俸給からは端金に見える程度の賃金ということで嗤笑の的になったが、金と食料が貰えるならそれくらいどうってことない。名誉なり誇りなりでは腹は満たされぬのだから。血が着いた剣をさっと払い、鞘に納める。
「―――悪いが、そいつなら俺たちが黙らせてしまった」
足音もなく突如湧いた声。無論、自分のではない。しかし何処かで聞いたことある声にも感じた。声の方へ振り返ると、そこには一人の若い男が立っていて、飄々とした笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「……誰」
訝しみながら誰何すれば、男は大いに衝撃を受けたといったふうに目を丸くした。
「おいおい。俺を忘れたのか?酷い奴だな、お前」
「何処かで会ったっけ」
「綺麗に忘れてやがるな。まあいい。約束、しただろ。一方的なもんだが」
「約束?」
「―――今度会う時は何としてでも我が陣営に引き入れてやる、と。冀州で」
「冀州?―――あっ!」
冀州という言葉で思い出した。今より三月ほど前、冀州に居た時のこと。眼前の優男は幾人もの巨漢に囲まれていた。優男の余裕綽々な態度と完全に怒髪天の巨漢らを見るに、きっと優男の方が喧嘩を売ったんだろうと思い、巻き込まれる前に退散しようとした。しかしあろうことか優男は、あの者もお前たちを邪険と思っていたがあっちは放置でいいのか?とあろうことか水を向けてきたのだ。やっぱお前が喧嘩売ったのかと得心すると同時になんで無関係な自分を巻き込んだという怒りとが錯綜したが、それ以上の怒りに理性を失った巨漢らに真実など通じようはずもなく、やむなしという形で優男の助太刀を買って出たのだ。巻き込んだ理由として「剣を堂々提げていたから」とのこと。ふざけんな、一人で対処できないなら喧嘩売るな、と自分にしては至極真っ当な怒りさえも優男の前ではないに等しいらしく、謝るどころか厚顔無恥にも我が陣営に入らないかと勧誘してきた。絶対ありえない、嫌だと突っぱねて逃げる私に上記の約束を一方的に取り付けたのである。
「あん時の優男……!あんたのせいであの後役人に目つけられて結局宿追い出されたんだけど!」
「そうか?それはすまなかったな」
「えっ。ま、まあ、いいけど……。終わったことだし……」
「―――で、だ。あれから三月も経ったんだ、入る決心はできたか?」
「そっちが本命かお前!」
多少は良心があるのかと感心した一時を返せ。憤然とする私に優男は態度を変えない。勧誘の件は置いといて、今はもっと聞かなければいけないことがある。
「ねえ。黙らせたとかなんとか言ってたけど、どういうこと?」
「ああそれか。そのままだ。自分が治める地の民を大切にしない領主だったからな。我が義兄弟らを連れて話に行ったら、すんなりこちらの意向に従ってくれたぞ」
「は?」
「ついでにお前の手配書も出してくれた」
「あんの馬鹿領主……!!!」
なんてことしてくれたんだ。これでは戻ったら早々圜土にぶち込まれるだけではないか。無給の人殺しなど割に合わなすぎる。
「だが助かる道はあるぞ」
「……嫌な予感するけど一応聞いとく。何?」
「俺たちの陣営に加わることだ」
あまりにもさっぱりした物言いに一瞬言葉を失う。知っていたけども。薄々勘づいていたけども。それでもいざ言として叩きつけられて、はいそうですかとすんなり受け入れることはできなかった。
「そうすれば俺が役人に引き渡すという体で匿うこともできる。それと俺の陣営で無給で働かせることはしない。大言壮語はできんが、それでも飯は出そう。どうだ、来る気になったか?」
「嫌だと言ったら?」
「それは俺が困るな」
「なんでそっちが困るの」
「今俺の陣営には腕が立つ奴が少なくてな。だからお前のような武芸者を失うのは俺が困るんだ」
さらりと言った失うという言葉の意味がなんであるか、それははっきりとはわからなかった。しかし漠然たる理解が己の進む道を決定させる。まともに人の話を聞きそうにない眼前の男に降るなど御免被りたいこと山の如しだが、そんな呑気なことを言える状況にない。
「わかったよ、入るよ」
「そうか!それは助かる」
嬉しそうに破顔し、つかつかとこちらに歩み寄る。
「俺の名は劉玄徳。これからよろしく頼むぞ」
結局、私と彼との戦争で勝ったのは彼の方だった。
絶対絶命