前方で見つけた後背に、ちょっとした悪戯心が働く。足音を消して大股で近づく。そろりそろりと近づいたその時。
「何かご用ですか?小喬様」
くるりと振り返った名前に堪らず声が上がった。
「んもー!あとちょっとで驚かせれたのに!」
「小喬様が歩いて来たことは知っていますが」
「えっ。足音消してきたのに?」
「途中で消す方が却って不自然です」
「なるほど……」
顔色一つ変えずに説明する名前に納得させられてしまう。周瑜さまの右腕として迎え入れられた名前は、当初から今と同じく無表情だった。声も顔も変わらなくて、孫策さまがよく怒ってんのか?って聞いて、それに名前が何故ですか?と返すのが恒例だった。今では名前の性格を知る者が多く、淡々とした様子を気に留める人は居ない。だけど、自分にとってそれは少し悲しかった。
「ねね。これから暇?」
「いえ。商人から購った書物に目を通す予定です」
「えーっと、勉強ってこと?なぁんだ、それなら暇なんじゃん!あたし街へ行くの。だから一緒に行こ」
「護衛でしたら周軍師殿に頼めば―――」
「あたしは名前と行きたいの!」
「はあ。何故?」
「なんでってそれは―――って、細かいなあ。いーじゃん、理由なんてさ。ねえ行こーよー」
そんなに長くしないからさ、と付け加えれば渋る様子だった名前が頷いた。
「短くしていただけるのであれば」
「やったー!善は急げって言うし早速行こう!」
「では馬を用意してきます」
「遠乗りするわけじゃないんだし歩きでいいよ」
「しかし周軍師殿の細君を歩かせるのは夫君の体裁に関わります」
「かったいなぁ……。周瑜さまはそんなこと気にしない人だから大丈夫」
「しかし―――」
尚も続きそうだった気配を察知して、強引に手を引く。自分の名前を驚いた声音で呼ぶ名前に堪らず笑いがあふれた。誰も彼もが彼女を堅実な人として褒めるけど、自分はそんな一面より今の名前の方が好きだ。だって敵のことや国のことを考えてばかりの名前が、唯一心を晒す時だから。
若いときには無茶をしとけ