「―――裏切り者。信じていたのに」
感情すべてを削いだ冷たい声が胸を穿く。凍った指に絞められているかのような苦しさを覚え、息が詰まる。反対にどくどくと全身を巡る血は熱く、今にも飛び出してきそうなほど心臓が騒ぐ。
「私を妹と呼びながらずっと騙してたんだ」
「そんなつもりはなかったわ!ほんとうに妹だと思っていたもの!」
「ならなんで私が関羽の娘ってこと黙ってた!!」
張り上げた怒号が圜土に響き渡り、退出していた義弟が心配そうに顔を覗かせる。名前の口から飛び出したそれは紛れもなく真実であり、私たち呉軍の誰もが胸に秘めてきたことだった。何も言えず拳を握る。名前は揚州でも交州の出身でもない。巴州の方の生まれであり、彼女が数えて幾つかほどの頃に人買いの手に渡ったところを私の父が迎え入れた。関羽の娘、として担がれた事実は名前が握っていた佩玉が示しており、迎え入れる以上は秘さねばならぬと父に言われて以降、彼女の生い立ちは戦の遺児ということになった。
「……黙っていたから呉を―――、私たちを裏切ったの?蜀に寝返るなんて」
呉の娘として成長し、呉の将として駆けた名前が、蜀と密通していた。嘘だと思いたかった報せは彼女の現在の姿に肯定づけられてしまい、指先から熱が抜けていく。数々の思い出と共に。耳朶を掠めたのは鼻で笑うような、嘲笑だった。
「私は裏切ってない。元ある場所に戻っただけ。裏切ったのはお前らの方だ」
唾棄するように放った言葉が思考を白くさせる。何を言えばいいかわからなかった。どんな時でも姉様と呼ばい後をつけて回った末妹の変容ぶりに、―――いや、もしかしたら来るべき時が来ただけかもしれない。そう思いたかった。話し合えばきっとわかってくれる日がくる、手元を離れないはずだと、自分に言い聞かせる。だって家族を密告者として処刑なんてしたくない。
「…………それでも私は名前を妹と思っています」
「娘である私の手で関羽を討たせておきながら、よくそんなこと言える!!」
血走った目が苛烈に怒りを散らす。息を呑んでただ見つめるしかできなかった。頬を撫でる圜土の中の冷えた空気、彼女から向けられる悪感情が綯い交ぜになった眼差し、暴かれた真実の重さ。頭の中に浮かんでは消えていく数多の思い出が、黒く塗り潰されていった。
愛せるなら愛してみろ