張飛

「酒はその辺にしていただきたい、張飛殿」

「俺の手を止める太ぇ奴は―――って、なんだ名前かぁ……一緒に呑みに来たのかぁ?大歓迎だぜ、座れや」

「呑みませんよ。止めに来たんです」

すっかり出来上がってしまっている張飛殿に、余人を眼光だけで黙らせる威圧感はなく、言葉尻も調子を外している。彼の肩越しに見える甕は数えるのも億劫なほどで、これだけ浴びていながら彼の顔貌に猛将たる猛々しさが僅かばかりに残っているところは、素直に感服した。とはいえこれ以上酒を過ごすことは看過できない。

「お忘れですか張飛殿。私たちは劉備殿と関羽殿から留守居を頼まれているんですよ。それなのに、なんですこの体たらくは。夜襲に遭った際対処できるのですか。それに常々申し上げておりますが、張飛殿はこと酒になるとたがが外れやすいのをどうにかしていただきたい。御三方だけであったあの頃とは違い、劉備殿は臣と民を得、今や州を治めている立場。関羽殿も、幾多の戦をくぐり抜けて味方ないし敵さえ一目置かれております。その御二方と義兄弟を結んだあなたも当然評価されておりますが、怪力を称えられこそすれ、人柄は概ね否に近しい。些事にこだわらない美点を、あなたは自ら酒で駄目にしているのですよ。かの御二方はそれでもあなたを悪し様に言うことはありませんでしょうが、最近麾下に入った者などには乱暴者として映ってしまいます。それはあなただけでなく、御二方の世評にさえ疵をつけてしまう。いくら義兄弟を結んだとはいえ、弟が兄の面目に疵をつけるとは言語道断。これを機に―――」

「ごちゃごちゃうるせえ!!呑め!」

ずいっと杯を突き出され、言葉が途切れてしまう。元より気の短い人だ、長丁場の説教に痺れを切らしたんだろう。あるいは正論をぶつけられて堪りかねたのか。真意はともかく、差し出されたこの杯を呷るわけにはいかなかった。

「ですからこれ以上はおやめくださいと申し上げているでしょう。たまには側近の言葉も飲んだらどうです」

「ひっく、何がたまにはだ。しょっちゅう好き勝手してるくせによぉ……。ひっく、それに何か遭っても斬りゃいいだけのことだろ。任せとけ!」

呵々大笑する様に痛んだ頭を抱えた。なんだって関羽殿は彼に自分を宛てがったのか。とんと理解できない。

「だいたいよぉ……、ひっく、お前と俺が居るんだぜぇ?何か遭っても大丈夫に決まってんだろうが」

それだけ言って再び呑み始めてしまったので、溜息をついて相伴に与ることにした。彼が駄目でも私が事に当たればいいだけか。





君とだから出来る

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