「嫌!絶対嫌!今日こそ部屋を分けるから!」
一つの几を挟んで声を荒らげる自分。対する彼は端整な顔を涼しげにしたまま、落ち着いた物腰で相対している。それも自分の苛立ちを助長させた。
「私はいい加減ゆっくり、穏やかに、静かに、寝たいの!それなのに子龍ったらちっとも聞いてくれない!」
「頭ではわかっているんだが、名前に触れると自身を抑えられないのだ」
「くっ。そんな顔しても今度こそ許さないから。ここのところ毎晩続いててこっちは全然回復しないのよ!やめてって言っても聞かないし、長いし、ねちっこいし」
「だがしっかりほぐした時の方が感度は―――」
「お、おお、おだまり!!それ以上は言わなくてよろしい!」
ぶわりと膨れた羞恥に全身が熱くなる。それを余裕綽々な笑みで流す彼に、何とか説き伏せる文言を脳裏で漁るが、悲しいかな一つも見つからない。彼のことは大好きだがこれは別。まともに寝られないせいで昼間にも倦怠感あるし、おかげで外に出られない日々。彼がそのことに苦言を呈することはないが、元来外を回るのが好きな自分からすれば不満は募るわけで。
「明日こそは遊びに行くって鮑三娘と約束してるからぜっっったい駄目!」
「―――そうか」
強く拒んだことが功を奏したのか、ここにきてようやく受け入れる姿勢を見せた彼。やった、と安寧の眠りを喜んだのも束の間。
「私は、あなたと繋がっていられるささやかな幸福に甘えすぎていたのかもしれないな」
声音を落として自嘲気味な笑みを浮かべた。
「戦場では多くの兵士と関わる。自分と同じように彼らにも妻子が居て、その者らを置いて出征しているとよく聞く。自分にもあなたという存在があるゆえ、彼らが早く会いたいと吐露する気持ちが深くわかってしまう。そういうことがあったからどうしても触れていたいと思ってしまう」
「子龍……」
「―――だが、一方的な押し付けはあなたの身を損なうと同じこと。これ以上の負荷をかけぬようしばらく自制しようと思う。だから一人で寝たいと言うあなたの言は受け入れよう。今まで無理させてしまってすまなかった」
初めて聞く彼の胸中に言葉が見つからなかった。彼は蜀の五虎大将軍の一人で、私はただの娘。戦地へ度々赴く彼と違って、私はこの狭い家から見送るだけ。想像でしか物事を言えないが、仲間をたくさん亡くす戦地で彼はきっとたくさん傷を負うはずだ。見た目だけでなく、中の方にも。それなのに彼は一度も私に暗い感情を見せたことはなく、愚痴もない。そんな彼が打ち明けた本音。聖人君子なんかじゃないと思ってた評価がぐらついて、一気に彼に寄り添ってしまう。
「…………い、一回までなら」
そんなことを口走っていた。ほんとうか、と顔を上げた彼に首肯してみせる。
「そうか。なら遠慮は要らないな」
「……え」
「安心してほしい。今日は一回に留める。外に出してやれないことは反省しているからな」
「き、今日は、って……」
「悪いが受け入れてくれ」
暗澹たる表情は何処か、そこにはさっぱりとした笑みを浮かべる美男子が居た。
「な、な、なっ」
衝撃に開いた口を開閉させる私に近づき、無様に見上げる私を容易く抱き上げる。歩き出した脚が向かうのは牀で。目の前が暗くなった自分が思ったのは、やっぱり私の夫は聖人君子なんかじゃないということだった。
愛してはいるんだけど