張苞

「今日?ごめん無理。鮑と町へ行く約束なの。ええと、次空いてるのいつだったかなぁ。うーん……。駄目だわかんないや。最近用事が立て込んでて確かなことは言えないんだよねー。ごめん!また誘って!」

一通り言い終えた名前は踵を返そうとしたので、咄嗟に腕を掴んでしまった。

「張苞?」

不思議そうに名前を呼ばう彼女が首を傾げる。なんの心当たりもなさそうな反応に暗い気持ちになった。

「…………俺だけかよ、お前に会いたいって思ってんのは」

我ながら情けないこと言ってる自覚はある。しかし念願叶ってようやく男女の仲になったというのに、名前の方は以前にも増して働き詰めになり、僅かに生じた余暇は殆ど誰かしらの付き添いに使っている。おかげでここひと月ろくに話せていない。それでも最初は堪えた。貧しい生まれである名前がどれほど給金を欲しているか知っていたし、それの邪魔にはなりたくないと我慢できた。しかし仕事に関係ないことにまで手を出し、自分から離れて行こうとするのは耐えられない。友人の期間が長すぎたせいで、名前は未だ俺を頼る相手として認識していないのかもしれない。

「私だって張苞ともっと居たいと思ってるよ」

「ほんとうかよ」

「じゃなきゃ張苞の妻になれるようあっちこっちで修行したりしないもん」

「…………は」

思いもよらぬ真実に思わず絶句した。自分の驚きようを見ても彼女は平静さを失わない。

「方々駆け回ってるのは、いろんな人から薫陶を受けているから。ちょっとでもいい顔見せて胡麻をっておけば、後々役に立つかと思ってさ」

「ええっと、それってつまり……?」

「張苞のためなんだけど、…………もしかして余計なお世話だった?」

一転して暗い声音を出した名前にぶんぶん首を振ってみせる。驚くと同時に彼女が自分との未来を考えていたことに嬉しさを隠せなかった。この上なく嬉しい。嬉しくない男が居るもんか。大切にしたい、そう思った。

「お前が一人で頑張りすぎないで済むように、俺も腰を上げねえとな。だけどまずは俺との時間も作ってほしい」

きょとんと目を丸くした後、彼女はくすくすと肩を震わせた。

「うん、そうだね。私も会いたかったし」

抱きしめた体は華奢でも、受け止めてくれた心は広く大きくしたたかだった。





自分のモノには名前を書きましょう。

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