「あなた全然駄目ね」
私室の掃除を一任した名前の肩がびくりと震える。俯いているせいで顔色は窺えないが、気性を考えるに決して己の失敗を反省するような人間ではない。ほう、とこれみよがしに溜息を落とすと剣呑な気配が色濃くなる。
「掃き掃除もまともにできないのかしら」
憎しみを込めた気配がぶわりと広がり、睨め上げる眼差しが鋭い光を放った。すん、と胸中が冷えていく。
「何?その目は。一介の侍女が主人に逆らうというの?」
顎を掴みあげれば、嫌悪を露わにした顔が晒される。取り繕いもしない様子。司馬家には数多くの下男下女が居るが、自分の身辺整理を一任している名前はとりわけ反骨精神旺盛な侍女だった。
「……ふんぞり返っていられるのも今のうちよ。春華」
おおよそ主人に向けられたと思えない言葉遣いと態度。冷然とした物言いを窘めるように彼女の頬に爪を立てた。っ、と痛みに顔を歪める。それを見て込み上げたのは嗤笑だった。
「賢くない犬にどれほど吠えられても怖くないわ」
「―――っ!!」
「睨めば気圧されるとでも?昔は昔、今は今。栄華を欲しいままにしたとしても、今は私の侍女でしかないの。命じれば部屋の掃除も床拭きだってするのよ」
「あんたの狗に落魄するくらいなら―――」
「身を投げるのかしら」
はっとして口を噤む彼女。絢爛な矜恃だけを胸に生きてきた彼女にはそれを曇らせることは許し難いのだろう。憐れで愚かで、それでいて愛らしいと思ってしまう。踊り狂う様は実に愉快だった。
「…………覚えてなさい。いつか後塵を浴びせてやるわ」
「それは楽しみね。ならまず自分の不始末を片しなさい」
悠然に笑んで言えば、それ以上何か言うでもなく棚を叩いていく。かつては才人であった彼女。家の没落に伴ってその身を人買に拐われ、今では私の侍女。燕楽に闌け、周りの才人を喰らいながら雄飛した才覚は今や影に潜んで日の目を浴びることはない。だからこそ、というべきか。地に落ちた鴆が再び羽ばたくのを見たい。そして今度こそこの手で射落とすのだ。
頬に爪を立てる