鍾会

兄妹設定




朦朧とする意識。熱った体。時折かすれる視界。吐く息の熱さと肩を震わす寒気に、自身の不調を自覚した。ここ最近急激に冷え込んだせいで衣替えが間に合わず、せめて寝る時だけでも、と被子の中を暖めてから寝るようにしていたのだが、これを見るに足りなかったようだ。

「あ゙あ゙ぁ゙……しんどい…………」

喉から出るのは世辞にも健康そうとは言えぬ枯れた声。それでも横にならずこうして几と差し向かっているのは、片すべき仕事が未だ終わっていないからである。回された竹簡に目を通し、誤字脱字がないかの校正をし、問題がなければ棚へ収める。問題があれば手直しをする。といったもの。外征が終わったばかりという非常に慌ただしくなる頃合と運悪く重なったため、いかに不調であろうとも職務を放るわけにはいかなかった。

「―――いつにも増して酷い顔だな。それほどまでというならさっさと帰りなよ」

部屋に突如沸いた声。刺々しさといい不遜な物言いといい、もしや。と、思って顔を上げたら案の定だ。

「…………兄上」

自ずと眉間が力んでしまう。こちらの悪感情を汲んだ彼の顔にも剣呑が浮かんだ。癖っ毛な前髪を撫で付け、ふん、と鼻を鳴らす。

「仮にもここは職場。というのに、そんな顔で出仕されては却って迷惑だ」

「別に兄上に迷惑かけてないでしょう」

「まったく、不出来な妹を持つと大変だよ。一から砕いて説明してやらねばならないとはね」

結構です、と突っぱねようとした私より早く彼が動いた。かつんかつんと沓音を立てて几に近寄った彼は、怪訝そうに見上げる私の手元から竹簡をひょいと奪った。

「ちょっと……!」

釣られて立ち上がった私の手を軽くいなし、そこに書かれてある文にざっと目を通す。その間、僅か。

「こんな文の校正にどれほど時間を空費したんだか。いいか、お前は仮にもこの私の妹なのだ。お前が粗相をすればその影響は私にも及ぶ。一挙手一投足すべてが鍾家の世評に繋がると自覚しなよ」

「……はい」

立身出世を夢見る兄にとってはとりわけ優れた才を持たぬ私は枷でしかなく、それを子供の頃から疎ましく思われているため、兄妹間は冷えきっていた。性格にどれほどの難を抱えようと、知略に優れ文才に秀でている兄の言は何処に居ても一目置かれ、その兄が邪魔だと言うのなら事実そうなんだろう。しかし頭で理解しても尚、それを唯唯諾諾と受け入れるのは、はばかられた。こんな自分にだって矜恃はあるのだ。

「じゃあこれだけ終わらせたら帰ります」

「……私の話を聞いていたのか」

「聞いて出した答えです」

「手付かずだったそれを終える頃には日は暮れてしまうだろう」

「一刻で終わらせてみせます」

「ふん。言葉だけは相変わらず一人前だね。状況をよく考えなよ」

「大丈夫です」

みるみる眉根が寄り、険しくなっていく兄の顔。怒らせるようなことしてない、とこちらも意地を張って山となっている竹簡の一つを手に取り几に広げ、筆を取ろうと伸ばしたところで、突如伸びてきた兄の手が筆を奪っていった。

「兄上」

非難するように睨めつける私に、彼はふんと鼻を鳴らして不機嫌顔を見せる。

「私に任せろと言ってるんだ。…………お前は休め」

驚きに見開かれていく目。こんなにも素直に心配してると言われたのは初めてで、衝撃が冷めやらぬうちに返答を求められ、私は思わず頷いてしまった。





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