三国時代生活半年目。前触れなくタイムスリップしてしまい、やってきたのは古代中国。歴史のテスト毎回赤点だった自分でも司馬懿と諸葛亮の名前は知っていたので、それを材料にここが三国時代であると断定した。んで、令和を生きる私が今何処に居るかと言うと―――。
「郭淮さーん、お昼ご飯できたって奥さんが呼んでるよ」
拾ってくれた恩人こと郭淮さんの名前を大声で呼びながら、彼の書斎室であろう一室に入る。開いてる扉から顔を覗かせると、何やら難しい顔して机を睨んでいる郭淮さんがいた。珍しいこともあるんだな、と目を丸くしつつ集中してる彼の横から顔を出す。
「うーむ。さっぱりわからん」
「ひぎゃあ!?」
どうやら私の来訪に気づいていなかったらしい。素っ頓狂な声を上げて大きく飛び退いた郭淮さん。椅子から身を投げ出し、床に膝をついて乱れた息を整える。
「ごっふ!ごふごふ、き、来たなら扉を叩くようにと、ぜえ、ごほごほ!い、ってるじゃ、げえっふ!ごっふごふごっふ!」
「……すみません、咳き込みすぎて何言ってるかわかんないです」
「ぜえ……、ぜえ……。…………どうしたんです?」
「あ、そうそう。お昼ご飯ですよ、お昼ご飯。奥さんが呼んでます」
「そうですか。―――ですがその前にやらねばならないことがあります」
ぎらりと郭淮さんの目が光る。それを見た私はげんなりと肩を落とし、またか、と辟易した。郭淮さんの目が光る時は、大抵元の世界に戻る方法が見つかった時だ。
「今日はどんな胡散臭い方法試すんです?」
「何事も否定から入ってはなりませんよ!事が成ると信ずる気持ちなくば成るものも成りません」
とは言うけども。持ってくる方法全部怪しいんだよな。この前は丑の刻―――夜中二時辺りに北東に向けて呪文を唱えると帰れる、てやつだった。それはまだいい方だ。えぐいと思ったのは犬の首と豚の臓物と崑崙山麓に生えてるとされる仙薬を煮込み飲むというもの。仙薬が出てくる時点で効果はないと確信したが、それ以上に煮込んだ犬の首とかお目にかかりたくない。平然と言ってた郭淮さんを見て、改めて身が引き締まった。
「……別に帰らなくてもいいんだけどなあ」
ほつりと呟くと、それを郭淮さんは耳聡く拾った。
「いけません!そのようなこと言っているとほんとうに帰れなくなりますよ」
「私はそれでもいーんですけどね。郭淮さんも郭淮さんの奥さんも優しいしご飯美味いし、ご近所さんも色々食べ物くれるし。楽しいです」
「それはよかった―――って、そうではなく」
「拾ってもらった恩も返せないうちに帰ったら、ほんとに私ただ飯食らいになっちゃいますよ」
ある朝、目覚めたらそこは森林の中だった。わけもわからず歩いて辿り着いたのが郭淮さんの邸だったのだ。どういうわけか意思疎通はできたんだが、それでも自分の生まれが遥か先の令和であることは変わりなくて。後からバレるよりバラしちゃえと洗いざらい打ち明けた私を、二人は迷うことなく迎え入れてくれた。郭淮さんの奥さんなんか、もし帰れなくなっても一生この家に居てしまえばいい、と言ってくれてつくづく幸運に当たったと思った。だからこそと言うべきか、離れ難くなったのだ。
「それでよいのです。あなたが居るべきは、戦のないあなたの世。私も妻も、あなたを大切に想っているからこそ帰したいのです」
なんて、聞き分けの悪い子供を諭すように言うものだから、返事が詰まった。待ってる人が二人であればよかったのに。
諦めきれない