陳宮

第三者視点
玲綺と姉妹設定




余人が寝静まった宵の刻。星が静謐に煌めく夜の帳が下ろされて久しい頃合に、邸の主である呂布の部屋から光があふれていた。

「もう一度言ってみろ、陳宮」

地鳴りを想起するような低い声には怒りが滲んでいた。喩えるなら、今まさに噴火せんとする山のような。いつ切れてもおかしくない琴線を絶とうとするのは、彼の軍師である陳宮だった。

「何度でも、何度でも申し上げますぞ。呂布殿に、名前殿との婚姻を認めていただきたい」

「わたくしからもお願いしますわ、父様」

割って入るのは、陳宮の隣に立つ呂布の娘・名前だった。人中の呂布とまで畏れられる彼には二人の娘がおり、一人は父譲りの武を誇る玲綺、そしてもう一人は燕楽えんがくに長ける名前だった。名前がまとう雰囲気は到底二人に似通っておらず、ともすれば自軍にその出生を疑う兵士も居よう。だが紛れもなく彼女も呂布の血を継ぐ娘であり、胸を張って堂々意見する姿勢はまさに証と言えた。緊張状態が続く部屋の中には呂布、陳宮、二人の娘と貂蝉が居る。貂蝉は事の成り行きを憂いて呂布の顔を一瞥した。

「誰が貴様などに我が娘をくれてやるものか!!」

天を衝かんとする怒号だった。ここが陣中であれば兵士全員が奮起していただろう。しかしここは呂布の居邸で、その一室である。鼓膜を刺す声量に眉根を寄せこそすれ、奮起する者は居なかった。一人を除いて。

「貴様を傍に置いてやっているのは使えるからだ!調子に乗るなよ陳宮!!俺の武に到底及ばぬくせして思い上がったか!」

「―――では父様を倒せば婚姻を認めていただけるんですね?」

表面だけは平常通りだったが、それは意気衝天していた。父すらその言葉に驚愕する中、顔色一つ変えずに名前は言い放つ。

「わかりました、いいでしょう。父様を破って見事陳宮様と契ってみせます」

「おい待て。お前、何を……」

「止めないでくださいまし、姐姐おねえさま。わたくしは決心いたしました。この障壁を自分の力で打ち破ってみせると」

生まれてこの方武器らしい武器を持たず、指先が弾くのは弦ばかりであった彼女。この場に居合わせる全員が名前の暴挙に目を丸くし、かける言葉を失った。意中である陳宮すら止めようと差し掛かったのを、彼女の柔らかい笑みがそれを制する。

「ご照覧くださいませ、陳宮様。わたくしは必ずあなた様の妻になってみせますわ」

それには欠片も闘争心はなく、あるのは想い人たる陳宮への慕情のみ。一抹、されど固く揺るぎない決意。胸からあふるる乙女の花を得物にし、呆然とする己の父へ向き直ったのだった。





それは寒い夜だった

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