貂蝉

ちょっとグロめ
容姿への描写あり







侍女として宛てがわれた彼女は、雪の中で咲く牡丹を想起させる美貌を有していた。鮮烈な輝きを放たずとも、見るものが何気なしに遣った視線に止まるような、そういった類の雰囲気と合わさり、初対面とはいえ彼女にはにわかに親しみを覚えた。

「本日より貂蝉様の身の回りのお世話をさせていただきます名前と申します。ご入用の際は何でもお申し付けくださいませ」

笑みを浮かべて恭しく揖礼する彼女が腕を下ろす間際、袖口から垣間見えた左手に焦点が止まり、立ち去ろうとする彼女を呼び止めた。

「左手はどうされたのですか?」

急な問いかけに一瞬何のことだという顔を見せた彼女だったが、すぐに思い至ったらしく平然と答えてくれた。

「不要な物でしたので処分したのです」

笑みを浮かべた顔に変化はなく、言葉に詰まったのは自分の方だった。心臓が嫌に跳ね上がり、背筋を冷たい汗が下りる。突然下りた沈黙を彼女はどう受け取ったのか、そのままの調子で続ける。

「どうかお気になさらず。職務に支障をきたすことはございませんゆえ。貂蝉様のご要望にはどんなものでもお応えできる自信がありますわ」

「…………一つだけ、お聞きしたいのですが」

「何なりと」

「あなたの出身は何処ですか?」

ゆっくりと彼女の口角が吊り上がる。

「―――祁県きけんでございます」

どうか違っていてほしい、と密かな希望が潰される音が聞こえた気がした。祁県は并州太原郡にある県であり、自分の故郷でもあった。

「―――あなた、无名名無しなの?」

「ああっ……!覚えていてくださいましたか、貂蝉様!わたくしは嬉しゅうございますわ!この上なく嬉しゅうございます!」

それまで控えめでいた彼女の動作が大きくなり、抑えていたものが弾け飛んだように双眸を輝かせ、笑みを深めてみせた。白牡丹を想起させる物静かな雰囲気などなく、自分の肌を刺すのは恐怖すら感じる狂気だった。喉が震えてしまって言葉を出せないほどに。

「そうです、わたしがあの時の无名にございます!どうです、貂蝉様。美しくなったと思いませんか?无名だった頃の醜さなど思い出さぬほど、綺麗になったでしょう?」

「あなた……」

袖を翻し、くるくると回る。音を立てて袖を舞わせる姿に絶句した。

「……天の華とまで謳われたあなたと並ぶには、あの頃のわたしはあまりにも醜すぎた。通りかかる人すべてが顰蹙するほど、あるいは手を叩いて笑うほど酷い光景でしたでしょう。今でも当時味わった屈辱や惨めさは忘れませんわ」

空気は一転し、彼女の放つ重く暗い雰囲気に呑まれる。自分は彼女をよくよく知っていた。私と彼女は同郷の生まれであり、かつてもこのような関係にあったのだから。お父様に引き取られた際、年頃が同じくらいの一人の少女を付き人として宛てがわれた。名前はなかった。曰く、家族からは名前で呼ばれずある日突然知らぬ場所で捨てられたゆえ、とのこと。さる事故から少女の顔は半分が爛れてしまっていて、少女はいつも人目から隠すように背中を縮こませて後ろをついてきていた。また非常に内気な性格をしていて、こちらが話しかけても返ってくるのは同調する二つの言葉程度。―――ある夜、彼女が外出許可を求め、そのまま二日ほど帰ってこなかった時がある。そして、以前の面影など欠片も残さないほど変わり果てて彼女は帰ってきた。左手中指を失くして。

「また顔を変えたのですか?」

「はい。以前の顔には慎ましさがなかった。言い換えるならそう、品がなかったのです。愛らしさを振る舞うには十分でしたが、それでは早々に飽きられていました。どうすれば長く長く人の寵愛を賜われるのか、わたしは考えました。そこで気づいたのです。この顔には知性と品性がないのだと。昔は左手中指と中の肝を数点取り除きましたが、今回は肝を詰め、唇の肉を薄くしました。そのおかげで余人には重厚謹厳だと褒めそやされ、ご覧の通り再びあなたの付き人に宛てがわれました。―――これもすべて貂蝉様のおかげですわ」

「……私は何もしていません」

「いいえ、いいえ。あなたのおかげなのです、貂蝉様。あなたという花が居てくださったからこそ、わたしはかように咲き誇ることができました。ご存知でしょう?虫は花の蜜がなければ生きられぬことを」

自分の両手を包む彼女の手のなんと冷たいことか。体を拭いてくれた柔肌はなく、石のように固くて熱を感じさせなかった。胸中が暗く塞ぎ込む。

「私を糧に成長して、あなたはその先どうするのですか」

訊ねた私に、彼女は微笑む。今の自分には白牡丹は到底想起できなかった。

「わたしと貂蝉様とでいつまでも咲き誇るのです。誰の目をも捉えて離さない、二輪の華。わたしたちであれば下邳の二喬となりえますわ」

嫣然と微笑む彼女は果たして気づいているのだろうか。糧にしている花が毒花であることを。その毒に蝕まれて寿命を確実に削っていることを。考えて、かぶりを振る。おそらく彼女は毒さえ嬉々として飲むだろう。悲惨な末路を迎えようとも、彼女には美しく咲くことしか頭にないのだ。落ち込んだ私を撫でてくれた、かつてのほのかな熱はまったく感じられなかった。





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