孟獲と祝融

顔に当たる空気が温かい。気の所為か錯覚か、何処からか饅頭の匂いがする。焼き立てほかほかの甘い香り。そうか、私死んだのか。あの世でくらい腹いっぱいご飯食べたいなあ―――。

「痛っ!!」

「なんだい、生きてるんじゃないか」

頬に強烈な痛みを感じ、思わず飛び起きた。じんじん熱を持つ右頬を抑えて辺りを見渡せば、そこでようやくここが知らぬ場所であることと、褐色肌のいかにも姉御肌な女性と目が合った。

「ここは……?」

「あんた、森ん中で倒れてたんだよ。仲間が見つけなきゃ今頃動物の餌になっていただろうねえ」

「………………そう、ですか」

なんだ、死んでなかったのか。胸中がどんより暗くなり、苦々しいものが込み上げてくる。

「厄介になりました。自分はこれで」

横たえてもらった牀から降りると同時。くううぅ、と盛大にお腹が鳴った。一瞬の間。そして部屋に響く猛々しい笑い声。女性が口を大きく開けて笑う。呆気に取られる私だったが、あまりにも笑われるので流石に羞恥心を抱いた。

「そんな痩せっぽちで何処行こうってんだい。ここは南中、一歩外出たら険しい森だらけさね。やってけるのかい?」

「……私、死ぬつもりで彷徨ってました」

すっと細められる目としんと静まった部屋。様変わりした空気にきゅっと胃が締め付けられるが、口は止まりそうにない。

「親にはまともにご飯も貰えないまま育てられ、挙句妓院に売られそうになって逃げ出したはいいんですけど、結局行く宛ても食い扶持もなく……。いっそ死んだらこんな思いしなくて済むんじゃないかって」

「―――それならここに居りゃいいんじゃねえか?」

「お、いいとこに来たねあんた」

部屋の戸口に立っていたのは、見上げるほど大柄の男だった。日にたっぷり焼けた肌、民族的な化粧と装いが特徴的な出で立ち、そして何より圧倒されたのは歯を惜しげもなく晒して笑う顔だった。悩みを吹き飛ばすような力強さを肌で感じ取った。何も言えないで居る私に巨漢は続ける。

「そんなとこ戻るくれえならここに居ちまえばいい。ここならおめぇを売っ払おうとする奴なんか居ねえし、万一そんなことになりゃわしが守ってやるからよ!どうせ死ぬってんなら、かあちゃんの美味い飯たらふく食ってからにしろ!」

「あたしも同意見だよ。うちの人もこう言ってんだ、出て行きたいと心から思うまでここに居るといい。あたしが腕によりをかけて美味い飯食わせてやるからさ」

「わ、私見知らぬ人ですよ!?」

「何処で生まれようがなんだっていいのさ、ここでは。何故ならここに住む奴ら全員が一つの家族だからね」

「そうだそうだ。わしらに拾われたおめぇも家族ってこった」

「…………あの、ありがとうございます。拾ってくれたばかりかこんなことまで。どうお礼したらいいか」

「礼?んなもん要らねえよ。それよりおめぇ、なんて言うんだ?」

「あ、名前です!」

名乗っていなかったことにようやく気づき、慌てて名乗る。向こうも名乗ってくれて、女性が祝融様、大男が孟獲様だと知る。

「じゃ、新しい家族ができた祝いをしねえとな!」

そう言って笑う二人を見て、感覚がなかった胸の辺りに染みるものを感じた。





本物と偽物

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