釣り糸を垂らして水面を眺めていた時のこと。川のせせらぎと風に擦れる葉音が響く森の中、唐突に物音が立ち、背中に甲高い声がぶつかった。
「あーっ!!また来やがったな似非方士!」
「……やれやれ。そなたは呆れるほど物覚えが悪い」
振り返った先には、竿を携えた娘が一人立っていた。一見して齢は七つくらいだろう。その娘は出会った当初から何かと突っかかってきては、自分を似非方士と呼ばわっている。
「胡散臭い格好しておいて方士様だなんて信じられるもんか。おっとおが言ってたぞ、胡散臭い奴はみんな変な格好してるって」
その上、娘は口が悪い。似非方士に留まらず、やれ胡散臭いだの、やれ詐欺師だのと湧水のように罵ってくる。窘めてもまるで効果はなく、では詐欺師でない証拠を見せろと食い下がってくるので今や放置だ。
「―――そなた、名は何と申す」
「名前ぇ?名前だけど」
唐突な問いに首を傾げつつも名乗る。いやはや、猪突猛進の気性と理解していたが、こうも軽々と己の真名を打ち明けられると少々毒気が抜かれる思いになる。
「では名前、近くに来たまえ」
喜び勇んで距離を詰めた彼女に手を伸ばす。指の腹を唇の端に押し当て、そのまま横に引いた。薄皮が横に伸ばされ、やんわり歪む。反対の端に辿り着くと己の指を離した。
「しばし黙しているといい」
「―――っ!!?」
溶接したように唇は僅かにも動かず、彼女はそれに驚愕を露わにして目を大きく見開いた。
「んー!んーっ!」
「胡散臭いだのと言っておきながら容易く真名を渡すとは。そなた、あまりにも愚かではないか?小生でなければいいようにされておったよ」
「……」
少々きつく窘めてやれば、急に萎れてみせた。根は素直なんだろう。そう思い、術を解いてやろうと唇を再びなぞる。
「これに懲りたらこれから己の態度を―――」
「あんたほんとに方士だったんだな!!」
きんと高い声が鼓膜を劈き、言葉が途切れる。衝撃に丸められていた双眸があふるる好奇心に煌めき、身を乗り出して食い気味に近寄ってくる。今日の食い扶持にありつけるためにと携えた竿も放り出し、彼女の関心は今やすべて自分に向けられていることがわかる。いっかな引き下がらない雰囲気に胸中が苦くなる。
「なあなあなあ。あたしにも方術を教えてくれよ方士様!」
ああ、何故こうなってしまったのか。
見ないふり、見えないふり