09


もうどれだけ歩き回ったか知れない。

ほんの少しの間騎士団に居たというユーリの記憶も、この場所で生活しているはずのエステリーゼも、まるで当てにならなかった。けれど、ハルカは仕方ないと思う。やはりと言うか、流石と言うか。城内は広い。それはもう「無駄に広い」という表現が相応しいくらいだ。

まだ薄暗い廊下を、神経を尖らせ息を殺しながら休まず進んでいく。何度目かの広い場所に出ると、中央に美しい彫刻があった。近くまで寄って見上げるとユーリが呟く。

「ふーん……これか」
「この像に何かあるんです?」
「秘密があるんだと」
「秘密っていっても特別、何も変わったものでは……」
「動かしたら秘密の抜け穴があるとかな。やってみる価値はあんじゃねぇの」

まさか、とエステリーゼが小さく首を横に振った。しかしハルカとユーリは女神像の周辺を隈なく調べ始める。そう間もなくハルカがユーリに声をかけた。

「ちょっとユーリ、これなんだと思う?」

彼女の指差す先には像と同じ幅の長く浅い窪みがあった。よく見るとひとつだけ取手もある。ユーリは窪みの中央に立った。

「下がってろ」

ふたりが女神像から数歩離れたのを確認すると、彼は目の前の取手を握りって引く。予想よりも軽いそれは、簡単に動かす事が出来た。すると、先程まで女神像が佇んでいた場所に地下へ続く階段があった。

「うわ、本当にありやがった……」

半信半疑だったユーリはもちろん、女神像の下にこんなものがあると知らなかったエステリーゼは吃驚している。ただ、ハルカだけが平然としていた。城というのは非常時に、王族を秘密裏に逃すための抜け道は必ずある。ハルカは幅広く知識のあるアイナの兄に、そう聞いた事があった。言われてみれば、確かにそういうものがあって当然だなと思ったし、別に意外でもなんでもない。

「もしかして、ここから外に?」
「保障はない。オレ達は行くけど、どうする?」

ユーリとハルカの視線を受けて、エステリーゼが胸の前で両手をぎゅっと握って目を閉じた。正直に言えば恐い。けれど、ここで逃げたら何も始まらない。エステリーゼは意を決し、改めてふたりを瞳に映した。

「……行きます」
「なかなか勇気のある決断だ」

口角を上げたユーリの隣でハルカが微笑む。釣られて笑ったエステリーゼの肩に、無意識に入っていた力が抜けた。

「それじゃぁ行こっか。グズグズしてると朝になっちゃうかも」
「だな」

先へ進もうと、ハルカとユーリが階段に向かう。すると突然、ユーリの左腕をエステリーゼが両手で掴んだ。振り返ったユーリが目を細めて自分より背の低い彼女を見る。

「どうした?やっぱり、やめんの?」
「いえ。手、怪我してます。ちょっと見せてください」

エステリーゼは目を閉じて詠唱を始めた。彼女を中心に方陣が浮かび上がって光が包み、彼の怪我が消えていく。ユーリは咄嗟にエステリーゼの腕を掴んだ。短く悲鳴を上げたエステリーゼが振り解いて距離を取る。

「わ、悪い……キレイな魔導器(ブラスティア)だと思ったら、つい手が」
「本当にそれだけ〜?」
「ほんとにそれだけ」

一部始終を目撃していたハルカが茶化すと、ユーリが彼女を睨んだ。心外だと顔に書いてあるように思えてハルカは笑みを深める。彼は視線をエステリーゼに戻すと僅かに微笑んだ。

「……手、ありがとな」
「い、いえ……これくらい」

予想外の感謝にエステリーゼがほんのり頬を染める。それを見てハルカが「あ、浮気」とまたユーリを茶化したが、彼は無視を決め込んで先を急かした。ユーリは先に下りると、先程よりも暗く細い通路を先頭に立って警戒しながら進み出す。現れる魔物を倒しながら少しずつ出口を目指し、彼女達の話を適当に受け流した。

頭では違う事を考えていた。先程の方陣とアイナが同時にユーリの脳裏を巡る。

「(あれは……)」

似ていた。何度も見たからわかる。エステリーゼが治癒術を唱えた時に浮かび上がった方陣とアイナの方陣は、細部に違いはあるが確かに似ていた。この桃色の髪を持った少女と自分の愛する人は、何か関係があるのだろうか。ふたりが関わる事で、また彼女に危険が及ぶのではないか。
らしくない、とユーリは自嘲気味に笑った。頭が悪い方にばかり回ってしまう。そうなると決まった訳でもないし、なんの確証もないというのに。

「(……アイナ)」

無性に、アイナに会って思いっきり抱き締めたくなった。

やっとの思いで梯子を発見したハルカ達は、順に上って外へ出た。すっかり暗がりに慣れてしまった目に突然の陽の光が襲いかかる。思わず目を閉じて、それからゆっくり開いていって徐々に慣らしていった。

小鳥達のさえずる声、顔を見せたばかりの太陽。もう朝になってしまったのだ。

「あ〜あ、もう朝かよ。一晩無駄にしたな」

そうぼやいてから辺りを見回す。ユーリには見覚えがあった。ここは、水道魔導器(アクエブラスティア)を取り返そうと乗り込んだ屋敷の庭だ。

「貴族街に繋がってんのか」
「すっごいね。こんな広くて家の中で迷子なんないのかな」

屋敷を見上げながらハルカが言う。彼女の隣でエステリーゼも、好奇心に満ちた瞳で辺りをキョロキョロと視線を彷徨わせていた。そして嬉しそうに笑う。

「窓から見るのと、全然違って見えます」
「そりゃ大袈裟だな。城の外に来るのが初めてみたいに聞こえるぞ」
「そ、それは……」

どうやら図星だったらしく、エステリーゼは俯いて目を泳がせた。イマイチ意味がわからなくてハルカが首を傾げる。

「お城に住むお嬢様って、そういうものじゃないの?好き勝手に出歩けないイメージあるんけど」
「は、はい。そうなんです」

慌てて頷いたエステリーゼに苦笑しながら、ユーリがふたりに向き直った。

「ま、とりあえず脱出成功って事で」

そう言って右手を顔の辺りまで上がったユーリの手の平。ハルカは彼の意図がわかったが、理解出来ていない様子のエステリーゼがどうするのか見たくてそのままにした。彼女は遠慮がちにちょん、と人差し指で突く。するとふたりが乾いた笑いを零し出してエステリーゼはまた慌てた。

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ほたるび