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「グルルルルル……」

いつでも飛び出せるような、低い体勢でラピードが唸る。彼が睨んでいる先で草むらが僅かに音を鳴らした。ひと間を置いて、小さな影が飛び出る。

「エッグベアめ、か、覚悟!」

そう言って現れたのは少年であった。自身の体ほどの大きな剣を振ると、勢いがつき過ぎて止まらなくなってしまいグルグルと回り始めた。
見かねたユーリがいつものように鞘を飛ばして剣を抜いてタイミングを見計らい、剣に向かって振り下ろす。刃が見事に縦に折れて勢いを失った少年はドサリと倒れた。

「うああああっ!あうっ!う、いたたた……」

倒れたのを心配してか、彼を警戒してか。ラピードが近寄って顔を覗き込む。一度目を開けて体を起こした少年が「ひいいっ!」と悲鳴をあげてまた倒れた。

「ボ、ボクなんか食べても、おいしくないし、お腹壊すんだから」
「ガウッ!」

心外だ、といわんばかりに至近距離で吠えるラピード。すっかり怯えた少年が目尻に涙を溜めて叫んだ。

「ほ、ほほんとに、たた助けて、ぎゃぁぁぁ〜〜〜〜〜!!」
「忙しいガキだな」

ユーリがそう言った隣でアイナが苦笑している。
あんまり突然で目を丸くしたまま固まっているハルカの手を放したエステルが、倒れたままの少年の顔の近くにしゃがんで笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ」
「あ、あれ?魔物が女の人に」

そう呟いた少年は、まだ目の前にラピードが居る事に気付くと驚いて起き上がり、悲鳴と共に後ずさった。

「ラピード、おいで」

アイナに呼ばれ素直に従ったラピードが少年から離れていく。安堵の息を漏らした少年は、きちんと地に足を落ち着けると気を取り直して自己紹介を始めた。

「ボクはカロル・カぺル!魔物を狩って世界を渡り歩く、ギルド『魔狩りの剣』の一員さ!」
「オレはユーリで、こっちがアイナ。それにハルカとエステル、ラピードだ。んじゃ、そういう事で」

妙にあっさりと言い残したユーリがアイナの手を引いて先に進んでいく。ラピードもそれに続いて行ってしまった。もっと話をしていくものだと思っていたのに、予想外の展開にハルカとエステルは焦った。

「は?あれ?ちょ、ちょっとユーリ!」
「えっと、ごめんなさい」

カロルと名乗った少年にエステルが丁寧に頭を下げてたのを確認してから、ハルカは彼女と一緒に慌てて彼らの後を追う。その行動に一番驚いていたのはカロルであった。頭の中で状況が上手く整理できずに数秒その場に立ち尽くすと、焦ってユーリ達の前に滑り出て引き止める。

「森に入りたくてここに来たんでしょ?なら、ボクが……」
「あたし達、森を抜けてここまで来たんだ。で、これから花の街ハルルに行くとこだよ」
「へ?嘘!?呪いの森を?あ、ならエッグベア見なかった?」

耳慣れない名前にエステルが首を傾げ、ユーリとアイナを見る。

「知ってます?」
「さぁ、見てねぇと思うぞ」
「うん、見てないね」
「そっか……なら、ボクも街に戻ろうかな……あんまり待たせると絶対に怒るし」

肩を落としたカロルが俯いたまま小さな声でブツブツと言う姿を、ハルカは穏やかな気持ちで眺めていた。
慌てたり、恐がったり、自慢げになったり、落ち込んだり。この短時間で様々な表情を見せてくれた。感情が顔や態度に出易いらしくて、見ていて可愛らしい。今度は「よし!」と言って顔を上げたカロルがニッコリ笑った。

「心配だから、魔狩りの剣のエースであるボクが街まで一緒に行ってあげるよ。ほらほら、なんたってボクは魔導器(ブラスティア)だって持ってるんだよ」

瞳をキラキラさせたカロルは、まるで「これならどうだ!」と自慢の魔導器を前に突き出す。けれど、彼の瞳はすぐに驚き一色となった。

「あ、あれ、なんでみんな魔導器持ってるの!」
「え、みんなって?あたしも?」
「そうだよ。それ、魔導器でしょ?自分の物なのに、どうしてわからないの?」

カロルが指し示したのはハルカの首元で、彼女は恐る恐る自分の首に触れる。硬くて冷たい感触の物があった。
どうして、自分が持っているのだろう?この世界で目が覚める前に聞こえた、あの夢の声がくれたとでもいうのだろうか。わからない事が多すぎて、どう答えたらいいか判断できない。

そこで代わりに答えたのは、なぜかアイナだった。

「確か小さい時にお守りだよって、ハルカのお父さんが亡くなる直前にハルカにくれた物だよね」
「う、うん……小さかったからお守りってしか聞いてなくて、そのままだった」

咄嗟に話を合わせる。するとカロルは、しゅんとなってしまった。死んだ親の形見と聞いて、嫌な事を思い出させてしまったと感じたのだろう。この場を回避できたのは嬉しいが、そんなに落ち込まれるとなんだか居た堪れない。

「もうずーっと前だもん。あたしは全然気にしてないから、カロルが気にする事ないよ」

カロルの頭を優しく撫でてみる。ゆるゆると彼の顔が上がると目と目が合って、ハルカは笑って見せた。少しは明るくなった表情を覗き込みながら話題を変えてみる。

「それよりさ、大丈夫?エースの腕前、武器が折れちゃったら披露できないよね」
「いやだなぁ。こんなのただのハンデだよ」

そう笑顔で言ったカロルがハルカから離れて素振りをしてみせた。先程は一度振ったら体ごと回転してしまっていたが、今度はずっと扱い易そうにしている。

「あれ?なんかいい感じ?」

使い易くなった喜びを顔全体に貼り付けて素振りをするカロルは、ハルカには新しいバットを買ってもらった男の子が家の前で早速振り始めたのと同じように見えた。
しばらくそうしていたが、カロルは不意に名前を呼ばれて手を止めて声の主に視線を移す。ユーリの腕に自分の腕を絡めたまま、アイナが言った。

「ハルルまで連れてってくれるんだよね?そろそろ行こうよ」
「わかった。こっちだよ!」

ニッコリと笑って元気よく駆け出したカロルに顔を見合わせて女性陣は笑みを零す。ゆっくりと歩き出して、その後に続いた。



「ここが花の街ハルルなんですよね?」

辺りを物珍しそうに見回しながら言うエステルの問いにカロルが肯定する。
ふ、と顔を曇らせたアイナは小さくユーリを呼んだ。彼がゆっくり頷くと、繋いでいた手を放して駆け出す。そのやり取りを目で追っていたハルカは目を見張った。

彼女が向かって行った先には道端にうずくまる多くの人々。彼らは所々に血を滲ませていて、ハルカも手伝おうと思った。が、その場で思い留まる。アイナが傷口に手をかざし、掌から淡い光を放っているのを遠巻きに見ていた。アイナも治癒術とかいうモノが使えるのか、とぼんやり思う。そして、心に渦巻く無力感。

「(看護師の勉強してたって治癒術が使えないんじゃ全然、役に立たないじゃんか)」

視線が下に、下に落ちていった。悔しい。別に治癒術が使えるエステルやアイナに嫉妬している訳じゃない。ただ、自分自身に嫌悪していた。

ふ、と影が落ちたかと思えば頭部に走る鈍い痛み。ぐぐぐ、と無理矢理に正面を向かされたハルカはユーリに頭を鷲掴みにされていると、やっと気付いた。しかも片手だ。なんだか悔しい。その手を引き剥がそうと両手を駆使して抵抗してみるが、効果は皆無だ。どうにか逃れようともがいていると、大きな目を丸くしてカロルが見上げてくる。

「ユーリ、ハルカ、何してるの?」
「あぁ、気にすんな。可愛い恋人の親友との単なるコミュニケーションだ」

反論しようと口を開いた瞬間、ユーリの空いている方の手がハルカの口を塞いだ。そして低く呟かれる。

「お前がそーいう顔してっとアイナが泣くんだよ、バーカ。下向いてっと後ろ向きな考えしか出てこねぇんだから、下向くな」

口を塞がれているからとか、そういうのではなく。ハルカは何も言えなかった。頭を掴まれていても口を塞がれたままでも抵抗出来なくなる。

「もう、ユーリ!ハルカを放してあげてください!」
「へいへい」

気のない返事が上から響いて、頭と口が解放された。反省の色のないユーリの名前を、エステルが咎めるように呼ぶ。なんだか面倒臭そうにしている彼に苦い笑みを浮べ、かといってハルカは助け船を出す事もしなかった。

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ほたるび