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ユーリによって横に抱かれるアイナが苦しそうに唸り出す。彼の首に回していたアイナの腕が離れてしまって、ユーリは閉じていた目に光を入れた。

彼女は両手を自らの口元に押し当てて咳き込み始める。何度か咳を繰り返したアイナがやっと落ち着くと、口を押さえていた手が彼女の腹の上に置かれた。その掌を視界に捉えてしまったハルカの顔が一気に青くなる。

「アイナそれ……っ、どうしたの!?」

酷く慌てた様子でユーリに抱き上げられたアイナに走り寄るハルカに、エステルとカロルも不安そうに後に続いた。ふたりに近寄ってからエステルもカロルも知る。

アイナは吐血していた。
それは少量であったものの、彼らを動揺させるには充分で。口元を覆っていた掌にべっとりと付着した血がハルカ達の心をこれでもかと騒がせる。すると、安心させるようにふわりとアイナが笑った。

「だい、じょーぶ、だよ」
「大丈夫な訳、ないじゃないですか!」
「そうだよ!だって、だってアイナ、血を、血を吐いて……っ」

泣きそうになりながらエステルとカロルが言う。それでもアイナは「大丈夫」と微笑んだ。
ユーリは眉を寄せてただ黙っている。ふと、ハルカが血の付いたままの両手を包み込むように、大切そうに自分の両手で握り締めた。すると握られた等の本人であるアイナが目を丸くする。

「ねぇ、アイナ。なんにも訊かないよ。どうしてなんて、訊かないから……」

俯いて言葉を紡ぐハルカの声は、僅かに震えていた。だから、と彼女は続ける。

「アイナが苦しい思いするような無茶、しないで」

たったひと雫だけ、涙がハルカの頬を伝う。彼らの中で二番目に背の低い彼女のそれは、カロルとラピードにしか見えなかった。見てしまったカロルは釣られてポロポロと涙を流し始める。

「……ごめんね」

申し訳なさそうにアイナは言った。けれど「もうしない」とは言わなかった。
だからハルカは、この謝罪は自分の願いを聞いてあげられない事に対するものだと悟った。悟ってしまって余計に泣きたくなったハルカは、ただアイナの手を握る。アイナがそっと握り返したのがわかった。

ハルカには、それだけで充分だった。他に言葉なんてなくても、アイナが本当に申し訳なく思っているのが理解出来た。だからハルカも、もう何も言わなかった。

「ワフ」

唐突にラピードが鳴く。耳を澄ましていないと聞き逃してしまいそうな程に小さくて、それでいて短い声だった。それに気付いたユーリとエステルが彼を見下ろす。声を出したのにラピードはユーリではなく別の方向を睨むように見つめていた。

不思議に思って視線を辿ると、その先には頭から足先まで全身を黒装束で包み隠した、男か女か定かでない、見るからに不審な者が居る。その隣にはあのザギと名乗った男の姿もあり、エステルは思わず呟いた。

「あの人達、お城で会った……」

ザギという男はユーリに酷く興味を持った様子。思い返すとユーリを視界に捕らえた瞬間に回りも気にせず斬りかかってきそうに感じる。幸いまだ気付かれていないようだし、今のうち静かにこの街から去るのが最も懸命な判断のようだ。

「住民を巻き込むと面倒だ。見付かる前に一旦離れよう」

囁くようにユーリが言うと、ハルカとエステルが小さく頷く。すると彼の腕の中に居たアイナが身を捩った。

「……ユーリ、自分で歩く」
「大丈夫なのか?」
「ん……大丈夫」

ゆっくりと両足を地面につけて立つと、アイナは「お姫様抱っこで歩いてたら嫌でも目立つしね」と苦笑いを浮べる。そんな彼女の細い腰に、ユーリは隣に立って支えるように腕を回した。ハルカもユーリとは反対側に立って気遣うようにアイナの手を握る。

「辛くなったらすぐ言ってくださいね、アイナ」
「そうだよ。役得な事にユーリがおんぶか抱っこしてくれるからね。いいな、いいなユーリ。羨ましいぞ、こんちくしょう」

憂いを帯びてエステルが言えば、続いてハルカが至って真面目に言った。するとユーリが呆れた風に息を零して、そんな彼に支えられるアイナは嬉しそうに、けれどおかしそうに笑う。
ただカロルだけは、どうして急に移動を始めたのか理由を知らない。

「え?なになに?どうしたの、急に!」

ひと間遅れ、慌てて後を追う。幸い覚束ない足取りのアイナにペースを合わせているため、あまり遅れを取る事はなかった。ハルルを出ようと、ユーリ達は街の出口に向かって歩き出す。彼の口から面倒な連中が出て来たと小さく言葉が零れた。それが誰とは知らないアイナがユーリの腕に頭を預けて言う。

「ここで待ってれば……久々に、フレンにも会えるのにね」

いつもよりか細くて擦れた声に彼は眉を寄せて苦く笑い、そうだなと返す。いつの間にか先頭に出たカロルがぐるりと体をこちらに向けた。後ろ向きに歩きながら「ねぇ」とユーリを見上げる。

「そのフレンって誰?」
「エステルが片想いしてる帝国の騎士様だ」
「えぇっ!?」
「そうだったの!?」
「ち、違います!!」

予想外の答えにハルカも驚いてエステルに尋ねる。即座に、それも思いっきり否定したエステルの顔が真っ赤に染まった。

「あれ?違うのか?あぁ、もうデキてるって事か」
「もう、そんなんじゃありません」

赤みが残るエステルが少し頬を膨らませる。必死に否定している辺りが少々疑わしい気がしたが、ハルカの知る限り嘘をつくタイプじゃないし、恋愛経験がありそうにも見えない。だから自分のそういう話題に免疫がないだけで、本当にそういうんじゃないんだろう。

「ま、なんにせよ街から離れた方がいいな」
「そうだね……街の人に迷惑をかけたくないし」

話を戻したユーリにか細い声でアイナが言う。するとカロルがユーリを見上げて目を瞬かせた。

「フレンって人の行き先がわかってるなら、追いかけたら?」

当然といえば当然の意見にユーリは小さく頷く。確か街の人の話では結界を直す魔導士を探すと言って東の方へ旅立ったという。追うなら向かうのは旅の進路は東になる。
しかし、ユーリとアイナの目的は盗まれてしまった下町の水道魔導器(アクエブラスティア)の魔核(コア)を奪還する事だ。ふたりにとってはフレンを追う旅ではない。そのためにはユーリがあの胡散臭い男から聞いた「学術都市アスピオの天才魔導士」という「モルディオ」なる人物を探さなければならない。

けれど。

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ほたるび