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「ちょっと、犬!犬入れないでよ!そこのガキんちょも!その子を離しなさい!!」
「え?」

きょとんと固まるカロルの手に、何かが握られている。彼は先程の魔術のせいで転がってきたのを、興味本位に手に取ったのだろう。よくわからないけれど、ハルカにはそれが魔導器(ブラスティア)じゃないかと思った。

「魔導器よ、魔導器!!返しなさい!」

怒る少女の勢いに負けたカロルが、持っていた魔導器をそっと床に置く。やはり魔導器だったようだ。
どうしてこの少女は魔導器を「その子」なんて言うのか、わからないがカロルが大人しく少女に従ってくれたお陰で少しだけ機嫌は直ったらしい。少女の表情を見れば、それがなんとなくわかった。

そのタイミングを見計らったかのように、エステルガ少女の正面まで来て、深々と頭を下げる。

「な、何よ、あんた」
「私、エステリーゼと言います。突然こんな形でお邪魔してごめんなさい!」

エステルの行動にうろたえる少女に向かって、ハルカとアイナもきちんと頭を下げて謝罪した。

もしこの少女が本当に魔核(コア)を盗んだのだとしても、今この状況は彼女に酷く、酷く失礼である事に変わりはない。カロルも素直に謝罪した所で、全員の視線がユーリへ向いた。しかし、ユーリは逸らしてしまう。謝る気は皆無らしい。はぁ、と重々しいため息を零した少女が、なんだか諦めたようにハルカ達を視界に捕らえて言った。

「で、あんたら何?」
「私はアイナ。それで、こっちの真っ黒黒助がユーリっていって……彼と私、帝都から魔核泥棒を追って、ここまで来たの」
「それで?」
「魔核泥棒の特徴ってのが……マント!小柄!名前はモルディオ!だったんだよ」

アイナの説明を遮って口を開いたユーリが、それはそれは不機嫌そうに言う。少女は「ふ〜ん」と興味なさそうに、自分の腰に右手を宛てた。

「確かにあたしはモルディオよ。リタ・モルディオ」
「背格好も情報と一致してる、ね。一応」

少女を上から下まで眺めながらハルカが呟く。別にハルカは、ユーリの言う盗人のモルディオに会った事なんてないから何とも言いようがない。けれどユーリの言う三つの情報には、きちんと一致していた。

「(ほんとに、この子が魔核っていうのを盗んだのかな……)」

ハルカには、とてもそんな風には見えなかった。そんな事をするような子だとは思えない。根拠は何もないが、ハルカはこのリタという少女が犯人ではないと直感的に感じていた。

しかしユーリは、そうではないようで。相変わらず少女を睨むように目を細め、棘のある言い方をしている。

「で、実際のところどうなんだ?」
「だから、そんなの知ら……あ、その手があるか。付いて来て」
「はぁ?お前、意味わかんねぇって。まだ話が……」
「いいから来て。シャイコス遺跡に盗賊団が現れたって話、せっかく思い出したんだから」
「盗賊団?それ、本当かよ」
「協力要請に来た騎士から聞いた話よ。間違いないでしょ」

そう言ってリタは奥の部屋へ行ってしまう。彼女が居なくなるのを待っていたかのように、アイナがユーリを見た。その表情は真剣そのもので、ハルカが見たアイナの表情の中でも、ユーリに向けるいつもの柔らかくて優しくて、愛おしそうな幸せそうな、あの顔には遠い。ハルカには、なんだかアイナが怒っているように見えた。

「ユーリ。魔核を盗んだの、あの子じゃないよ」
「は?なんでそう言い切れんだよ」
「もしあの子が犯人だったら、臭いを覚えてるラピードが、この家に入ってすぐにでも唸ったはずだもん。でも、ラピードは全然反応しない。ユーリだって気付いてるでしょ」
「それだけじゃ、あいつが犯人じゃねぇって証明には、なんねぇだろーが」
「……ユーリの」

アイナが俯いて両手で拳を握る。わなわなと腕を震わせていると、そこへ着替えを終えたリタが現れた。赤と白を基調とした、着物に似た形の服だ。頭にはゴーグルがあって、まるでカチューシャの代わりにしているようにも見える。リタの格好を見たハルカの第一印象は「年若い現代風クノイチ」だ。

「相談、終……」

終わった?と尋ねようとしたであろう。リタの言葉を中途半端な場所で遮る、乾いた音が部屋に響く。リタもエステルもカロルも、もちろんハルカも、たぶんラピードだって驚いたはずだ。

アイナがユーリの頬を叩いたのだ。それも平手で。馬鹿……独り言のように口を動かすと、彼女はユーリに背を向けてしまう。そのアイナに視線を投げられたリタの肩が、僅かに跳ねた。

「シャイコス遺跡、だったよね?付いて行くから、案内してくれる?」

彼女の表情は柔らかい。どう見てもいつものアイナだ。
短く返事をしたリタとアイナを先頭に、エステルもカロルも後ろ髪を引かれながら出て行く。立ち尽くすユーリにどんな声をかけたらいいのか、ハルカにもわからなかった。



リタの言う通り、アスピオを出て更に東へ進路を取る。十五分ほどの道中を、ユーリは拗ねたみたいに最後尾を歩いた。傍らには彼を気遣うようにラピードが寄り添い、それでいて魔物が現れるとユーリは真っ先に飛び出していく。

猪みたいだ、なんてハルカは思ったけれど、いつもしているように、からかったり笑ったり出来なかった。ユーリも心配だったがアイナも心配で、ハルカはリタを気遣うように横に立っている彼女に寄って行く。空いている方の隣を陣取ってアイナの顔を覗いたが、特にいつものアイナと変わった様子は見られない。

「あの、アイナ。なんでユーリを引っ叩いたの?」
「ん?あー……あれね。いいの、いいの。気にしないで。いつもの事だから」
「え?嘘、何それ」
「ユーリね、周りが見えなくなるっていうか……そんな事が結構あるの。下町の事になると特にそう。だから頭冷やさせないと。まぁ、ユーリの事だから手がかりが見付かるまで、あんな調子なんだろうけどね」
「手がかり?」
「うん、手がかり。だってリタは確かにモルディオって名前だったけど、魔核を盗んだやつとは違ったでしょ。ユーリもちゃんとわかってるよ、それはね」
「じゃぁ、なんでまだリタに冷たい態度してんの?」

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ほたるび