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リタは自身の名前を勝手に使われただけ、らしい。ユーリと一緒に魔核(コア)泥棒と対峙した経験のあるというラピードが、彼女に敵意を示さないのが何よりの証拠。だとハルカだって思う。
アイナが「ユーリもちゃんとわかってる」と言うなら、きっとそうなんだろう。けれど、それならなぜ?不思議でならないハルカと、身に覚えのない罪で剣を突き付けられたリタが、探るようにアイナの横顔を見る。
「焦ってるんだよ」
アイナは目を伏せる。それから静かに話を始めた。
「モルディオは学術都市アスピオの天才魔導士って情報も、やっとの思いで手に入れたみたいだったし。それなのに、やっと見付けたモルディオは名前を使われただけの、無関係の人だった。唯一の手がかりはなくなっちゃって……下町のみんなの事があるから余計に、ね」
ユーリは皮肉屋だけれど、根は思いやりのある優しい人だ。それに、アイナは彼の生い立ちも下町への想いも聞いている。
だからこそ、ユーリの今の気持ちを察する事が出来た。
だからこそ、ユーリの気持ちが先走りそうになった時に少しでもストップをかけなければ。
「私のビンタ、一番効くらしくって。だから少しくらいは、リタに対する態度もよくなると思うよ。でも、ごめんねリタ。ユーリが失礼な事ばっかりして」
「べ、つに……なんであんたが謝るのよ」
「一応、こんなんでもユーリの恋人だから、私」
ぴたり。リタが突然足を止める。不思議に思ってハルカもアイナも歩くのを止めた。お互いの顔を見合わせて、一緒に首を傾げる。
「リタ?どうしたの、急に」
ハルカが、そう問いかけた次の瞬間――リタの絶叫が辺りに轟いた。アイナを指して、口をパクパクさせている。
「そんなに驚くような事かな?」
まさか、そんなに驚かれるなんて思ってもみなかったのだろう。きょとんとしながらハルカに問いかけた。
けれど、再会する前からふたりが恋仲であると知っていたハルカには、意外も何もなかったのでどう答えて言いかわからない。そうして出来てしまった間を、ハルカは乾いた笑いで誤魔化していた。
「ここがシャイコス遺跡よ」
辿り着いた遺跡でリタが言う。そこは静寂に包まれた白い岩で出来ている遺跡だった。所々緑があり、人の手が加えられたであろう岩が倒れている。ここに盗賊団と、それを追う騎士が居るのだという。
こんなにも見渡す限り穏やかで静けさに包まれる場所に、そんな人達が居るなんて罰当たりもいいところだ。見渡しのいいこの遺跡に、話し声も人の気配もない。しかしラピードが足跡を見付けた。どうやら比較的新しいものらしく、臭いが残っているらしい。
ひと通り嗅いだラピードが何かを訴えるようにアイナを見上げ、その視線を受けたアイナは静かに頷いた。すると弾かれたように、持ち前の嗅覚を活かして歩き始めた。地面にぐっと鼻を寄せて、すん、すん、と残る臭いを吸い込み一歩、また一歩とゆっくり踏み出していく。その姿は警察犬に似ているとハルカは思った。
「あ、ラピードに着いて行こうとしないでね」
ハルカ達の心を覗いたみたいなタイミングでアイナが言う。もう既に歩き出そうと足を上げていたカロルが、中途半端な形で固まった。そのまま目を丸くしてアイナを見上げる。
「どうして?」
「ラピード、臭い追ってる時に後ろから着いて来られるの、嫌いなの。だから待っててあげて。何かわかったら教えてくれるから」
「へぇ〜……ほんと頭いいね、ラピード」
ハルカとカロルとエステルの、とても感心した視線を受けながら、ラピードは遺跡を奥へ、奥へ入っていく。ゆっくりだが迷いなく運ぶ彼の足取りに、リタはひとり眉を寄せていた。
「あの方向……まさか、地下の情報が外に漏れてんじゃないでしょうね」
そう呟いて歩き始める。少し前へ出たリタは振り返って「ほら、こっち」と促す。素直に付いて行こうとするハルカ達を尻目に、ユーリはニヤリと口角を上げた。
「モルディオさんは暗がりに連れ込んで、オレらを始末する気だな」
「始末、ね。その方があたしの好みだったかも」
「不気味な笑みで同調しないでよ……」
カロルの言う通りである。ユーリもリタも、なんだか嫌な笑みでお互いを見て、しかも意見が合うなんて。言っている事が物騒だし、怖いったらありゃしない。
「な、仲よくしましょうよ……ね?」
ふたりの間に入ってエステルガ言う。先刻よりはマシになったが、やはりふたりの間にある険悪な空気は、まだ拭いきれていない。アイナが酷く重いため息を零したのがハルカとカロルから見えると、まるでタイミングを見計らっていたかのようにラピードが遠くで一度鳴いた。
それを合図に、リタが身を翻して歩き出す。アイナがその後に続くと、ハルカ達も自然と足を前へ出した。ただひとり、ユーリが面白くなさそうに最後尾を歩く。あまり入り組んでいる訳でもない、けれど広い遺跡の中をしばらく進んでいく。リタが足を止めた所にラピードが居た。きちんとお座りをしている彼の隣には、カロルの背より少し小さいくらいの石像がある。
ラピードはアイナを見て、次にユーリを見て、それから地面に鼻先を向けた。全員の視線が必然的に下がる。そこには、何か擦れたような跡があった。
「最近になって、地下の入り口が発見されたのよ。まだ一部の魔導士にしか、知らされてないはずなのに……来て正解だったわ。発掘の終わった地上の遺跡くらいなら、盗賊団にあげてもよかったけど」
「なら、早く追いかけないと。これを動かせばいいんでしょ?任せて」
張り切ったカロルが、ひとり懸命に石像を押し始める。両手で一生懸命に石像を押すが、ビクともしなかった。力みすぎて息も止めていたらしく、カロルは一度脱力すると肩を上下に動かしながら荒い息を繰り返す。不意にクシャリと髪を乱暴に撫でられて顔を上げると、隣にユーリが立っていた。
「ほら、いくぞ。もうちっと頑張れよ」
「あ、う、うん」
先にユーリが押し始めて、数秒遅れてカロルが続く。なんだか力を合わせている感じがしてとても嬉しかった。ジリジリと石像が動く。
「いしょっ……と」
「おら、もう、少し……!」
引き摺る音が低く響いていた。それに比例するように少しずつ姿を現す、先が薄暗くて見えない階段。それが全容を晒すと、カロルはその場にへたり込んでしまった。身を屈めたエステルが、大きく息を繰り返す彼を心配そうに見詰める。
「カロル、大丈夫です?」
「こ、これくらい余裕だよ」
笑って見せるけれど、やはり疲れたようだ。よく見るとユーリだって、なんでもない顔はしているけれど疲れたみたいに息をしている。カロルは見かけによらず力持ちだが、まだ子どもだし疲れない訳がない。というか、あんなに重そうな物をよくたったふたりで動かせたな、とハルカは感心した。
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ほたるび