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ふ、とひと息吐いたユーリが目を少し細める。まるで確かめるかのようにリタを見据えて口を開いた。

「いいのかよ。まだ一部の魔導士にしかしらされてないような場所に、オレ達を連れてって」
「しょうがないでしょ。身の潔白を証明するためだから」
「身の潔白ねぇ……」
「じゃ、行くわよ」

何もなかった、とでも言うような素振りでリタが身を翻して階段を下りていく。そのすぐ後にユーリが続いて、カロルとエステルが続いた。けれどアイナが動かない。彼女を見上げたラピードが切なげに鳴いた。

「アイナ、暗いのダメだったよね。大丈夫?」

ハルカも心配になって声をかける。それなのに、アイナの耳には届いていないのだろうか。彼女は俯いたまま自分の上着の袖を握っていた。

「……アイナ?」

アイナが震えている。全身が震え、上と下の歯がカチカチ音を鳴らしている。それに気付いたハルカは疑問に思った。

「(アイナ……こんなに震える程、暗いのダメだったっけ?)」

違うはずだ。彼女が苦手なのは、むしろ雷の方だった。しかし、それも震える程ではない。だとしたら、アイナは……この世界に来てから震える程の恐怖を、暗闇で味わった事になるのではないだろうか。
こんなにも震える程の、恐怖――いったい、どんな辛い目に遭ったというのだろう。優しい、優しいアイナが、どうしてそんな目に遭わなければいけなかったのだろう。

「……、ハルカ?」

ただ、今はこうして。

「大丈夫だよ、アイナ」

ありきたりな言葉を並べて、手を握ってあげるくらいしか、してあげられない。それが酷く、ハルカはもどかしかった。それでも、アイナはとても嬉しそうに笑って握り返す。

「ありがとう、ハルカ」

彼女は一度、目を閉じた。握っているハルカの手に少し力を込めて、息を飲み込む。ラピードが足に頬を擦って慰めてくれているのを感じた。

「(大丈夫……あの時みたいな事は、この先で起きたりしない。そうなっても、ハルカは私が守るんだ)」

ざわつく心を、そう強く言い聞かせる事で懸命に鎮める。ハルカが手を握ったまま、自分を待っていてくれるのが心強かった。

先に地下へ行った三人も不審に思うだろうし、早く意を決して追い付かなければ。わかっていても湧き上がる恐怖が鎮まらない。いつも寄り添ってくれる温もりがなくて不安が消えない。こんな事になるなら、あの時引っ叩いたりしなければよかったと、後悔し始めていた。

「(大丈夫、大丈夫)」

自身に何度も言い聞かせる。長く息を吐いた。それでも震えは止まる事を知らなくて、酷く情けない。しかしダメだ。これ以上、彼らを待たせる訳にはいかない。アイナは再び目蓋を上げた。

「待たせてごめんね。行こっか、ハルカ、ラピード」
「うん、行こっ」
「ワンッ」

だいぶ遅れて階段を下りていく。横幅は、人ひとりと大型犬一匹が並んで通れはするものの、ふたり並んで通るのは窮屈なくらいだ。徐々に外の光が届かなくなっていく。階段の途中で、目の前から突然黒が現れた。先に下りていたアイナが吃驚して短く悲鳴を上げる。相手も驚いたように「うわっ」と声を出した。

薄暗い中で溶け込んでしまいそうな黒い髪、黒い服、そして耳馴染んだ声。紛れもなくユーリだった。

アイナが気まずそうに俯くと、ラピードが彼女を見上げて「クーン」と鳴く。それでもユーリは、ためらう事なく右手を差し出した。

「アイナ」

優しい声色でユーリが呼ぶと、アイナは視線を戻す。後ろに居るハルカからは薄暗くてよく見えなかったが、彼は申し訳なさそうで、けれどとても優しげで、愛しい者を見る目をしていた。

「ごめん」

それは、地上にアイナを置いて先に行った事に対するものなのだろう。その言葉を合図に、アイナがユーリに向かって飛んだのがわかった。勢いよく飛び込んだにも関わらず、ユーリはしっかり抱き留める。

「ほんと、悪かった。ごめんな」

ユーリの首に両腕を回したまま、アイナは言葉なく頭を振る。ハルカが彼女の肩越しに見たユーリの表情は、慈愛に満ち溢れていた。そんなふたりを見て安堵したのか、ラピードは口を大きく開けて欠伸をした。

「ワフ〜」

ハルカの後ろで気の抜けた声を出したのを聞いて、彼女は思わず笑う。それから悪戯に口角を上げた。

「ユーリがアイナいじめた〜酷い〜」
「お前な……」
「だってそうでしょ?あたしは、アイナがどうしてこんなに怖がるのか知らないけどさ、ユーリは知ってるでしょ。なのにユーリは、アイナ置いて先に行っちゃったじゃん。魔核(コア)取り戻すので頭いっぱいでアイナの事うっかり忘れてたんでしょ」
「……それは」
「図星だ」

ハルカの指摘に、ユーリが言葉を詰まらす。図星だった。言い訳なんてしたくない。けれど今、何か言おうものなら全てが言い訳になる気がした。
ハルカはアイナの親友だ。十年もの間ずっと探し続けて、やっと会えたかけがえのない親友で、とても大切なのだ。そんな親友の恋人が、目の前の事で頭がいっぱいになって、彼女の事を忘れてしまうなんて。

「(そりゃ、怒って当然か)」

まさに自業自得。アイナには引っ叩かれて疑いのある少女の方へ行ってしまうし、魔核の手がかりはなくなってしまうし、本当に今日は、嫌な事ばかりだ。
それにしても、ハルカにどう罵られるのだろう。そう思ってユーリは、アイナを抱く腕に力を込めた。

けれどハルカは、ただ笑った。

「今度こんな事したら、丸一日アイナへのお触り禁止だからね!」

思わずきょとん、とする。

「そりゃ、全力で勘弁だな」
「じゃぁ今後は気を付けるように、ローウェル君」
「はいはい、肝に銘じます、ハルカ先生」

ハルカが悪戯に笑う。ユーリも思わず、釣られて口元が緩んだ。もしかしたら自分は、ハルカにはこの先ずっと敵わないかも知れない。ユーリはなんとなく、そう感じた。

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ほたるび