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気を取り直して階段を下りていく。その先には遺跡が広がっていた。外の光は入ってこない暗い空間には、どこからとなく青白い光が淡く浮かんでいる。ほんの少しの瓦礫の山があって、その向こう側でエステル達が待っていてくれた。ユーリはアイナの手を握ったまま先に瓦礫を越え、彼女を誘導する。

アイナが向こう側に渡り終えた後でハルカが瓦礫に足をかけると、こちらを横目で見るリタと目が合った。

「そこ、足元滑るから気を付けて」
「あ、うん、わかった。気を付ける。ありがとう、リタ」

何気なく、ただごく普通に礼を言う。するとリタは耳を真っ赤にして背を向けてしまった。その様子が可愛らしくて、ハルカは思わずクスリと笑う。
一歩踏み出すと、苔が生えていていた。リタの言った通りで、確かに滑る。そこを慎重に、ゆっくりと越えていった。その後ろから軽い足取りでラピードが続く。その間も、ユーリはじっとリタを見詰めていた。

「何、見てんのよ」
「モルディオさんは、意外とお優しいなぁと思ってね」
「やっぱり面倒を引き連れて来た気がする。別にひとりでも問題なかったのよね……」

不愉快そうに眉を寄せていたリタが、ユーリのひと言にため息を零してから、小さくそう呟いた。
すると、それまで物珍しそうに忙しなく視線を動かしていたエステルが、身を翻してリタを見る。

「リタはいつも、ひとりでこの遺跡の調査に来るんです?」
「そうよ」
「罠とか魔物とか、危険なんじゃありません?」
「何かを得るためにリスクがあるなんて当たり前じゃない。その結果何かを傷付けても、あたしはそれを受け入れる」
「傷付くのがリタ自身でも?」
「そうよ」
「悩む事はないんです?ためらうとか…」
「何も傷付けずに望みを叶えようなんて悩み、心が贅沢だから出来るのよ」

質問のひとつひとつにハッキリと答えるリタに、エステルはついに黙ってしまった。まるで彼女の言葉を心に刻み付けるみたいに俯く。そこへ、少しトーンが落ちたリタの声が落ちた。

「それに、魔導器(ブラスティア)はあたしを裏切らないから……面倒がなくて楽なの」

その声色は、酷く悲しげな印象でハルカの耳に届く。名前を出しただけで酷い煙たがられようだったのを思い出して、なんだかハルカの心はチクリと痛んだ。

リタが今まで感じた辛さ傷の痛みなんて、リタ本人にしかわからない。けれど悲観せずに見付けた信念に似たものが、確かに彼女の中にはある。それが彼女には「魔導器」なんだろう。ハルカはそう思った。
少し俯いているエステルの隣に立って呼んでみる。ハルカへ目を向けた彼女は、少し羨ましそうにリタを眺めた。

「なんか、リタってすごいです。あんなにきっぱりと言い切れて」
「自分にとって何が大切なのか、ハッキリしてるんだね」
「私は、まだその大切がよくわかりません……」
「エステルは、本を読むの好きだよね。すっごいたくさん読んでるみたいだし。それってエステルにとって、本が大切だからじゃないのかな」

エステルが静かに目蓋を落とす。僅かな沈黙の後、静かにそうかも知れない、とハルカに微笑を見せた。ハルカも笑む。

「同じくらいエステルにとって大切なものが、いつか見付かるといいね」
「はい」

リタの背中が、遺跡の奥へ進むにつれて小さくなっていく。彼女の背中をエステルと並んで追いながら、ハルカはリタにも彼女にも、もっと大切に思えるものが増えればいいと心底思った。



アイナの様子がおかしいと気付いたカロルが、ユーリから暗い場所が酷く苦手なのだと教えられたのは、遺跡の地下を進み始めてすぐだった。すると彼は直後からユーリとは反対の、アイナの隣を陣取って彼女の手を強く握っている。

大丈夫?と何度も問いかけては、その度に大丈夫だよ、ありがとう。とアイナに微笑まれて嬉しそうにカロルは笑った。右側からユーリ、アイナ、カロルの順で横並びであるく彼らの姿は、まるで若夫婦とその息子のようだ。傍から見ているととても微笑ましい。

一方、定位置をカロルに取られたラピードはというと、つい数刻前のユーリのように、なんだか拗ねた様子でハルカの隣を歩いている。魔物を見付けると真っ先に突っ込んでいくのも同じだ。一緒に生活しているだけあって、そういう所はユーリに似たらしい。ラピードの隻眼が、いつもより鋭いように感じた。ラピードをどう慰めたらいいのか見当も付かないハルカもエステルも、当然リタも、ただそっとしておく事しか出来ない。

それでもどんどん地下の遺跡を進んで行くと、道の端に壊れた魔導器があった。すかさず駆け寄ったリタが魔導器を調べて、小さく「ダメか」と呟いて肩を落とす。その後ろで相変わらずアイナの手をしっかり握ったまま、カロルが興味深そうに目を瞬かせて言った。

「発掘前の魔導器って、こんな風になってんだ」
「大昔の人は、何を思って魔導器を遺跡に埋めたんでしょう?」
「さぁね。その辺の事は今も研究中よ」

悪用される事を危惧したのか、それとも魔導器による過ぎた繁栄を危惧したのか。ハルカの頭にそんな考えが浮かんだ。なぜか、なんて自分でもよくわからない。けれど、元々この世界に住んでいる研究者でさえわからないのに、別の世界から来たハルカに、その答えがわかるはずもなかった。

わかるはずのない事で頭を悩ませていたって仕方がないと、ハルカは浮かんだ疑問を自分の中から追い出す。

「こんだけあるなら、水道魔導器(アクエブラスティア)も落ちてねぇかな」

そう言ったユーリと、彼の腕が腰に回され寄り添っているアイナが辺りを注意深く見渡した。釣られてエステルも同じように顔を動かす。しかし、彼らの目にそれらしい物が映る事はなかった。

「どれも魔核(コア)がありませんね」
「な〜んだ、それじゃ動かないじゃん」

ちぇ、とカロルは詰まらなそうに言う。するとリタが体ごと彼の方を向いた。

「魔核も筺体(コンテナ)も完璧なんて魔導器、そうそう発掘されないのよ」

筐体。またハルカの知らない言葉だ。きっと今までがそうだったように、尋ねなくてもエステルがその意味を教えてくれるだろうと、ハルカは彼女を見詰め耳を澄ませた。

「術式により魔術を発現する魔核、その魔術を調整するのが筺体。両者が揃って魔導器と呼ぶ。魔導器はそれぞれ異なった性能を持ち、その性能を表す紋が魔核の上に浮かぶ。現代技術で筺体の生産は可能だが、魔核は再生不可能である、……です」
「要するに、発掘品を使うしかない魔核は貴重って訳だ。泥棒が盗むのも当然だな」

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ほたるび