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しかし加勢しようと走り出した途端に、ラピードが前に立って制する。ユーリとアイナのやり取りもラピードの行動も、意味のわからないハルカ達の頭には「なぜ」とか「どうして」という言葉が回っていた。

「ラピード、どいてください!アイナひとりでは危険です!」
「まぁ落ち着けって、エステル」
「どうしてユーリは、そんなに落ち着いて居られるんです!?」
「そうだよ!あんなのひとりで戦って勝てる訳ないよ!」
「カロルも落ち着け。アイナはひとりで戦う方が強いし得意だから、本気モードの時に手助けするのは足手まといなんだよ」

だから雑魚の相手をするぞ、と続けたユーリはいつものように鞘を飛ばす。巨大な魔物に挑みかかっていくアイナに牙を剥いた狼に、下から上へ大きく剣を振り上げて衝撃波を放った。ラピードも愛刀を銜えてユーリ同様、アイナに向かって行く魔物達に立ち塞がる。

アイナはファイアボールを相手の顔に命中させながら走っていた。注意を自分に向けながらハルカ達から距離を取っていく。それを見ていたリタが舌を打って詠唱に入った。エステルもカロルも武器を構え直し、アイナの相手よりも随分と小さい狼に向かっていく。

「(ユーリはアイナをほんとに大事にしてくれてる。そのユーリが言うんだから、信じるしかない)」

ハルカは意を決し両手に一丁ずつ銃を握った。魔術主体で戦うためにどうしても無防備になるリタを背に庇う位置に立って、アイナを援護するユーリ達を援護する。夢中で撃ち続けていると、不意に獣の咆哮が耳を突いた。悲鳴に似たそれが聞こえた方に視線を送ると、喉をバッサリ斬られた、あの巨大な魔物が地面に横たわっている。

「え、え?アイナ、もう倒しっちゃったの!?」

カロルが目を丸くして問うと、アイナは苦く笑った。それから自分の倒した魔物の顔の隣に膝を付いて触れ、目を伏せる。ごめんねと彼女が呟いたのを聞き取ったのは、真っ先にアイナへ駆け寄ったラピードだけだった。

花色のリボンを解いて、長い髪が解放される。リボンを鞄に入れてから立ち上がったアイナに、感心した様子でリタが口を開いた。

「あんた、随分と強いのね」
「うん、まぁね。亡くなった父に、ひと通り叩き込まれてるから」
「ふ〜ん。剣術も魔術も治癒術も出来るなんて、なんか銀の戦乙女みたいね」
「しろ、がねの……何?」
「え、ハルカ知らないの?あんなに有名な人だったのに」

信じられない、とカロルが見上げて目を細めるので、ハルカは彼が今朝一生懸命セットしていた髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜてやった。知らないもんは知らないのだから仕方ないじゃないか。

「銀の戦乙女ですよ、ハルカ。聞いた事ないです?」
「うん、全然。何それ」

素直に訊くと、エステルは少しだけ悲しそうに答えた。

「つい四年前まで騎士団に所属していた、口の利けない銀髪の少女です。剣術で敵を翻弄し、高度な魔術を操り、高度な治癒術で仲間の傷も市民の傷も癒してしまう彼女の姿は、まるで戦うために生まれてきたようだと思うくらいの、高い戦闘能力を持っていたそうです。十六歳という若さで殉職してしまいましたが、とても有名な方だったんですよ」
「へぇ……でも、殉職しちゃったんだ。なんか可哀想。まだ子どもなのに」
「そう、ですね……実験失敗による爆発に巻き込まれた事故死、でしたし」
「まだまだやりたい事とかあったはずなのに……」

そう呟いたハルカは顔も知らない、今話を聞いただけの少女に想いを馳せる。その真相を知る者達が目の前に居るなんて夢にも思わず、しんみりしてしまった空気の中で目を伏せた。
だから気付かない。アイナが酷く悲しげに目を潤ませたのも、ユーリが気遣うように細い肩を抱き寄せたのも。だから思いもしなかった。自分の親友が、死んだはずの「銀の戦乙女」だとは。ただリタだけは、アイナを見て深く思案しているらしい。

その妙な空気をかき消すかのように、突然アイナが先に延びる上り坂に顔を向けた。そのままするりとユーリの腕を抜けて走り出す。ラピードが真っ先に後を追い、ユーリが「行くぞ」と声をかけながら続いた。

「待てって、アイナ!」

ユーリが叫ぶように呼び止めても走り続けるアイナ。のほほんとしているように見えて実は冷静に頭を回せる彼女が、こんな行動を取るのは酷くおかしい。だからハルカは、この坂を上りきった先に彼女の心を掻き乱す「何か」があるのではないかと考えた。

また獣道に入っても彼女は止まらない。悪くなった視界を、目の前にあるユーリの背中を見失わないようにハルカ達は走った。
そして突然視界が開け、現れた一面の青にハルカはひとり納得する。

「うわぁ……」
「これ、って……」

エステルとリタが感動の余り声を漏らした。久々に海を見たハルカもその壮大さに息を飲み、そして誰よりも海に近い崖のギリギリに立っているアイナの背中を見詰める。彼女の足元でラピードが心配そうに声を上げた。すると身を翻したアイナがユーリの胸に飛び込む。それをしっかり受け止めたユーリは、縋り付く彼女を抱き締めて髪を撫でた。

一連の行動の意味がわからず、エステル達は首を傾げる。カロルが何か知ってそうな雰囲気のハルカの服を引っ張るが、彼女は静かに笑いながら唇に人差し指を当てた。

「ユーリ、ラピード……約束、守ってくれてありがとう」
「いいって。な?ラピード」
「ワン!」

もう一度「ありがとう」と言った声も震えていた。ユーリは流れて続けているであろう涙を拭ってやる代わりに、自らの胸に彼女の額を押し付ける。ラピードは抱き合うふたりの足に頬を擦り付けた。
ハルカ達の視線が自分達に刺さっているのを感じながら、それでもアイナの脳裏には在りし日の父ナイレン・フェドロックが蘇っていた。

「そうか。お前が住んでいた所には海があったのか」

親子になった次の、次の日。互いを知ろうと話をしていた時だった。

「だったら、アイナ。ひとつオレと約束しよう」

髪をぐしゃぐしゃと撫でて、ニッコリ笑って。

「お前が自分の身を自分ひとりで守れるくらいに強くなったら、一緒に海を見に行こう。な?」

何も言葉に出来ず、笑顔を見せる事も出来ず。その時のアイナは、ただ無表情のまま頷くしか出来なかったのを、今でも鮮明に覚えている。しかし、その約束は果たされる事なくナイレンは死んでしまった。そして、そんな約束を打ち明けられたユーリは少しだけ寂しそうに笑ったのだ。

「いつかラピードと三人で見に行こうぜ」
「ワン!」


まだ小さなラピードも賛成だと言っているみたいに、千切れるんじゃないかと心配になるくらい尻尾を振っていたのも。幼い頃に家族と嗅いだ潮の香りも、家族と見た壮大な海の景色も。全部全部、忘れた事なんてなかった。ずっと傍にあった海を、ずっと見たかった。

「お父、さん……っ」

十年も前に交わし、ユーリとラピードが引き継いだ約束を、やっと果たす事が出来たよ……と。鼻をくすぐり、髪を躍らせる潮風に涙腺を壊されたアイナは、思い出の中で生きる笑顔の父親に報告する。それでも止まる気配を見せない彼女の涙にきっかけを与えたのは、恋人のユーリではなかった。

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ほたるび