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信じられない。なんで誰も助けようとしないんだとカロルの中から怒りが込み上げてきた、その瞬間。更に信じられない光景が目に飛び込んだ。
リブガロがアイナを見詰めている。丁度リブガロ一頭分のスペースを空けて向き合う彼女は、目の前の黄金に対して静かに腰を折った。キレイなお辞儀だ。腰を折ったままの彼女をじっと見詰めたリブガロは、やがて自らもゆっくり頭を下げる。両者のそれがゆっくり上がって再び目が合うと、リブガロは静かに伏せた。
「ごめんね、辛かったでしょう」
リブガロの目の前に膝を折ったアイナが呟く。
「今、治すからね」
目を伏せて詠唱すると、治癒術の優しい光がリブガロを包んだ。負っていた傷が癒えたのだと思われる。リブガロは立ち上がって二、三歩後退すると、不可解な事に自分の頭を大きく左右に振り始めた。一連の事が理解出来ず頭を悩ませていると突然、カランと何かが転げ落ちる。
角、だった。
リブガロはつい数秒前まで自分の頭に生えていたそれをくわえ、再びアイナの前に立って手の上に落とす。カロルにはそれが、リブガロが彼女にプレゼントしたように見えた。立ち上がったアイナがリブガロの額に自分の額をくっ付ける。
「ありがとう。大切にするね」
アイナがそう言うと、リブガロは神々しい毛をなびかせて去って行った。
「あ、あれ?なんで?どうなってるの?」
「リブガロってのは、頭いいんだよ。自分に敵意を持たない相手には絶対に襲いかからないし、敬意を示せば敬意で返すし、人間もひとりひとり区別するし、受けた恩は忘れないしな」
「あんたが詳しいとか意外だわ」
「そうか?短期間でも騎士団に居たんだから当然だろ。騎士団の軍馬はリブガロなんだし」
「え?そうだったの?ボク知らなかったよ」
「まぁ、オレもあの色は初めて見たけどな。普通のリブガロは角なんてないし、一般的には茶色と白だ」
だからリブガロの角で一生分の税金が払える、なんて役人が言っていたのかとエステル達が納得していると、角を持ったアイナが戻って来た。おかえりなさい、とエステルが笑えばアイナも笑って「ただいま」と言う。ラピードも大きく尾を振って彼女を迎えた。そんなラピードの頭を撫でてから預けていた剣を元の場所に戻す。
そしてふ、と目を悲しげに伏せて呟いた。
「かなり傷だらけだったよ。やっぱり、街の人達に随分と襲われてたみたい」
「街の連中も死に物狂いだっただろうからな」
「でも、街の人が悪い訳じゃ……」
「わかってるよ、エステル。悪いのは……こんな状況を生んでるラゴウ執政官だものね」
リブガロの角をユーリに渡しながらそう言ったアイナの瞳には、静寂な怒りが宿っていた。その冷たい目に少し背筋が凍ったけれど、何も言えない。彼女でもそんな目をするのかと思った。
すぐ森を出てノール港へ戻ると、また同じ場所でティグルとケラスを見付ける。武器にしては少し心許ない物を手にしているティグルを、ケラスが腕を掴んで必死に止めていた。せっかく怪我を治して貰ったのに、と叫ぶ彼女の表情は酷く痛々しくてエステルの顔も悲しげに歪む。
「そんな物騒なもん持って、どこに行こうってんだ?」
「あなた方には関係ない。好奇心で首を突っ込まれても迷惑だ」
ティグルがユーリを言葉で突き放す。彼のそんな様子に不快そうにため息を吐いたユーリは、アイナから預かっていたリブガロの角を彼の足元に放り投げた。ティグルとケラスが驚愕に染まる。動揺したままの夫婦に、ユーリはいつもの調子で言った。
「あんたの活躍の場奪って悪かったな。それは、お詫びだ」
「あ、ありがとうございます」
夫婦揃って深々と頭を下げる。それで終わりにすればいいのに、ユーリは更に言葉を続けた。
「子どもが大切なのも、わかるけどな。惚れて一緒になった女を、そんな何度も何度も泣かせてんじゃねぇよ」
「共に生きると決めた人なんですから、もっと奥様の気持ちも考えてあげてください。辛いのも苦しいのも、悔しいのも。あなたと一緒なんです」
ユーリとアイナの言葉で我に返ったティグルがケラスを見詰める。確かに彼女の目尻には、今にも零れ落ちそうな涙が浮かんでいた。細い手をそっと握ってティグルが小さく謝ると、ケラスが静かに首を横に振る。もう一度「ありがとうございます」と頭を下げたふたりは、寄り添いながらリブガロの角と共に街中へ消えた。おそらく執政官の屋敷へ向かったのだろう。
「ちょ、ちょっと!あげちゃっていいの?」
「あれでガキが助かるなら安いもんだろ」
去っていくティグルとケラスの背中を指しながらカロルが叫んだのに、どうって事ないみたいにユーリが言う。まるで決めていたみたいな口ぶりに、エステルがふわりと笑った。
「最初からこうするつもりだったんですね」
「思い付きだよ、思い付き」
「その思い付きで、献上品がなくなっちゃったわよ。どうすんの」
アイナもそんな風なので、リタが腰に手を当てて呆れている。が、確かにその通りだ。それでもユーリは別の方法で乗り込めばいいと当然のように言うので、やはりエステルの言う通りユーリもアイナも、最初からティグルとケラスに渡すつもりでリブガロを探しに行ったのだろうとカロルは思った。
「なら、フレンがどうなったか確認に戻りませんか?」
「とっくにラゴウの屋敷に入って、解決してるかもしれないしね」
だといいけど、なんてユーリが零したのは聞かなかった事にして宿屋を訪ねる。先刻と同じ部屋に居たフレン達は居た。フレンは、ソディアとウィチルと打ち合わせをしている。が、笑って出迎えてくれたハルカの目の下が少し赤くて腫れている気がした。
ラピードがハルカの足元まで歩いて行って、キレイに「お座り」をする。彼女を見上げながら悲しげに声を出すと、ハルカはラピードの頭をわしゃわしゃ撫でていた。そんなひとりと一匹のやり取りを見てから、ユーリがフレンに視線を向ける。嫌味を張り付けて口角を上げれば、フレンもキレイな笑顔に嫌味をにじませた。
「相変わらず辛気臭い顔してるな」
「色々考える事が多いんだ。君と違って」
「ふーん」
「また無茶をして賞金額を空上げて来たんじゃないだろうね」
ユーリが目を逸らして、ついでに話も逸らす。
「執政官とこに行けなかったのか」
「行った。魔導器(ブラスティア)研究所から調査執行所を取り寄せてね」
「それで中に入って調べたんだな」
「いや……執政官にはあっさり拒否された」
「なんで!?」
つい声を荒げたカロルに対して、冷静にウィチルが答えた。
「魔導器が本当にあると思うなら正面から乗り込んでみたまえ、と安い挑発までくれましたよ」
「私達にその権限がないから、馬鹿にしているんだ!」
「でも、そりゃそいつの言う通りじゃねぇの?」
「なんだと!?」
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