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そんな問答をユーリとハルカでしていると、やはりリタが「馬鹿っぽい」と零した。エステルとカロルは相変わらずアイナの心配をしている。

「でもアイナ、どうして急に先に行ってしまったんです?」
「それが……よくわからないんだけど急に、助けなきゃいけないって思ったの」
「助けなきゃいけないって、誰を?」

カロルの問いに、ただ「わからない」とだけ返す。彼女の表情からは、何かを隠している様子もない。本当にわからないらしい。すると、ため息を吐いたリタが口を開いた。

「心当たりがないんなら今考えたって仕方ないでしょ。止まってないでさっさと行きましょ」
「ですがリタ、これ以上進むのはアイナに負担がかかる可能性が……」
「全員で反対したって行くでしょ。押し問答するだけ無駄よ。こっちが折れるまで、どうせ行くの一点張りなんだし」

指摘されたのが図星だからなのだろう。笑って誤魔化しているアイナに呆れながらも「ほらね」なんて言ったリタと、そうだろうと思っていたユーリとハルカがほとんど同時に肩を落とす。

確かにこれ以上立ち止まっているのは時間の無駄だと考えた一行は、途中まで下りていた螺旋階段を更に下りていき、やがて最下層に辿り着いた。が、なんだかほんの少し前から鳩尾から胸の辺りに不快感がある。カロルが思わず「さっきから気持ち悪い」と零すと、リタは自分だって辛そうにしながらも意外だという顔をしていた。

「鈍感なあんたでも感じるの?」
「鈍感は余計……!っていうか、リタも?」

頷いたリタに、ハルカが手を挙げて自分もだと意思表示する。声を出す余裕はないらしく、彼女らしくない様子がその辛さを物語っているように思えた。ユーリもしかめ面をしている。

「ユーリも……エステルも?」
「へ……平気です」
「無理する事もねぇだろ。休憩して様子見すっぞ」
「いったい、なんなのかしら。ここに来てから急に……」
「こんな時に魔物に襲われたら大変だね」
「そういう事言ってると、本当にやって来んぜ」

口を動かせるユーリとカロル、それにリタはまだ余裕がありそうだが、エステルは顔色が悪く真っ青だ。突然膝が折れた彼女を倒れてしまう前にユーリが支える。

「行き倒れになんなら、人の多い街ん中にしといてくれ。オレ、面倒見切れないからな」
「は、はい、ありがとう……まだ、大丈夫です」

なんとか立ち上がるが、強がっているのは誰が見ても明らかだ。これは引き返した方がよさそうだと考えたが、それが言葉になるより先にリタがある物に気付いた。周囲浮かぶ無数の蛍のような光を見回しながら呟く。

「……これ、エアルだ」
「え?エアルって目に見えるの?」
「濃度が上がるとね」

目を丸めて驚くカロルに、リタは付け加えながら頷いて見せる。するとそういえば、とハルカが声を絞りだした。

「前にエステル言ってたよね……濃いエアルは体に悪いって」
「はい……濃度の濃いエアルは時として人体に悪影響を及ぼす、です」
「クオイの森でも、倒れたしね……はぁ、それにしたってしんどい」

リタがまた難しい顔をしていたが、今のハルカは気にする余裕はない。全員の顔色を見てユーリが引き返す提案をするが、一番真っ青な顔をしているエステルが頑なに首を横に振った。紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)が居るかどうかの確認が済んでいないのを気にしているのだろう。しかし、彼女だけではなく他の全員が目視出来る程のエアルに酔っているのだから、引き返すのが良策と思える。エステルもなかなか頑固なので骨が折れそうだが、誰かが倒れる前に説得しなければいけない。思わずため息を零したユーリの口が開いた時だった。

最下層に着いてからずっと俯き黙っていたアイナが、覚束ない足取りで歩き出す。声をかけるのも忘れ目で追っていると、大きな丸い扉の前で立ち止まった。ハルカの目にはドラマで目にした大きな銀行の、厳重な金庫の扉に酷く似ているように映ったそれは、遅れて駆け寄ったリタの調べで魔導器(ブラスティア)と扉が連動している事がわかる。ご丁寧にパスワードを入力しなければいけないらしいが、何を入力すればいいのか見当も付かない。

首を捻っているとラピードがユーリを見上げながらひとつ鳴いた。それからじっと見詰め、目で相棒に何かを訴えている。やっと思い出したユーリが少し乱暴に道具をまとめている袋を漁ると、紙を三枚取り出した。ハルカは脇から覗き込んでみたが、やはり文字というより記号に見える。

ユーリ達は三枚の紙を見ながら考えているが、気持ち悪いせいなのか上手く頭が回らないらしい。ユーリとハルカのため息が重なって、互いに嫌そうに顔をしかめた。残念ながら今は真似するなと軽口を叩く余裕もない。エステル達も考えているようだが、一向にわらかないらしく余計首を捻っている。多くの本を読んで知識を蓄えているエステルも、天才魔導士と呼ばれているリタもこういった物は苦手らしく考え込んだままだ。カロルも唸りながら考えているが、不得意な分野のようだ。

そこでまた、アイナが動いた。無言のままパスワードを入力すると、音を立てて扉が開く。随分と分厚く重そうな扉だった。

すごい、と言おうとして彼女を見たハルカは言葉を失う。視界に捉えたアイナがつい先刻と同じ、虚ろな瞳をしていたのだ。咄嗟にユーリを呼ぶと、異変を察知した彼は慌てて恋人の腕を掴む。また回り込んで強く呼びかけるが、繰り返しても今度は元に戻らなかった。何事もなかったかのようにするりと掴まれた腕を抜いて、開いた扉の向こう側へと消える。

慌てて彼女の後を追った先は、部屋と呼ぶには開けた場所だった。人が歩くスペースは廊下と称しても差し障りないくらいしか存在せず、そのほとんどが淡い青色を放つガラスのような物で占められている。ドーム型のその部屋は明らかに人工的な空間だが、天井で常に一定の速度で回転している魔導器の方が印象的だ。何せその魔導器の向こう側には水が浮いているように見えるのだから当然なのだが。

「……あれ、エフミドやカプワ・ノールの子に似てる」
「壊れてるのかな……?」

相変わらずエアルは濃いままで、エアルに酔い易いはずのアイナ以外は肩で息をしている状態が続いている。そんな中でポツリと呟いたリタにカロルが尋ねるが、彼女はすぐに否定した。

「魔導器が壊れたらエアルの供給は止まるの。こんな風には絶対ならない」
「……じゃぁ、なんでこんなん、なってんの?」
「わからない……あの子……何をしてるの」

ハルカの問いにも答えたが、魔導器に詳しいリタですら理解出来ない物だった。が、部屋を細部まで見渡せば、何かわかるかも知れないと顔を動かした瞬間だった。この部屋ごと揺り動かすような咆哮が響き渡る。

「な……何?これ、魔物の声、ですか?」

適当に視線を巡らせても姿は見えない。が、ふとカロルが視線を下に移すと、淡い青色を放つガラスの向こうに巨大な魔物が居た。悲鳴を飲み込む間もなく尻餅をついて怯えるカロルの前に黒が現れる。見慣れたユーリの服だった。まるで自分を守るように立っている彼に気を取られていると、また魔物の激しい咆哮が響く。カロルは更に身を縮めた。ガラス見えていたのは結界だったのかと理解したが、同時にもう壊れてしまうと思う。それ程に巨大な魔物だった。カロルだけではなくユーリやハルカ、エステルもそうだったのだろう。彼らが息を飲んだのが気配でわかった。

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ほたるび