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だがそこへ凛としたリタの声が落ちる。

「大丈夫、あれは逆結界だから。魔物を閉じ込めるための強力な結界よ。簡単には出て来られないわ。でも何?このエアルの量。異常だわ」
「当然でしょう。あの子を逆結界などというふざけた物に閉じ込めたから、ここは滅びてしまったのだから」

答えたのはラゴウの屋敷の時と同じ、ふたつの声が重なった状態のアイナだった。いつの間にかリタの隣に立っていた彼女は、やはりあの時と同じく体が淡い光を帯びている。耳慣れたアイナの声と同時に放たれている音と目線は、以前とは違い憐れむようなものだった。それらは逆結界の向こう側に居る巨大な魔物に向けられ、声が重なったまま体は光を放ち続けている。

「毛で覆われた獣だというだけで野蛮だと決め付け、理性も知性も持ち合わせていないと決め付け、邪悪と決め付け。己がどれだけ世界を壊しているのか気付きもしない人間と比べたら、あの子らは救世主だと言うのに」
「アイナ?お前、いったい……」

苦しそうに肩で息をしながらも声をかけたユーリに、光を帯びたまま彼女が振り返る。らしくないくらい妖艶に笑むと、声を重ねたままアイナは自身の体を抱き締めて言った。

「例え何を知ろうと、どう足掻こうとこの子の運命は変えられない。せいぜい見苦しく抗って見せるといいわ」

アイナの体を包んでいた光が突然強くなり、あまりの眩しさに目を閉じる。恐る恐る、もう一度彼女を視界に映すと、その体がグラリと揺れた。すぐ隣に居たリタが反射的に彼女を支えて事なきを得たが、目は閉じられており呼んでも揺すっても起きない。普段は冷静なリタもこの状況には困惑しているらしく酷く焦った声色で、助けを乞うようにユーリを呼んだ。

ユーリはすぐに恋人を受け取ると、完全に気を失っている彼女を抱き締め呼び揺する。だがリタの時と同じく反応はなかった。エアルは未だに濃いらしく、緑色の光が浮き漂っているままだ。

ふと、逆結界の異変に気付いたカロルが悲鳴のような声で叫ぶ。

「な、なんか消えそうだよ……!」
「……待っててね、今すぐ直してあげるから」

はっと気付かされたリタは慌てて魔導器(ブラスティア)に近付き、憂い顔でそれに声をかけた。しかしラピードが一度吠えた後に低く唸り始めた事で意識を引き戻される。ラピードの睨んでいる方向を辿ると、結界を挟んだ反対側に先刻遠目で見かけた魔狩りの剣の面々が居てリタは舌を打った。

「俺様達の優しい忠告を無視したのはどこのどいつだ?」

フードを被っていて目元がよく見えない若干細身の男がニヤリと口元を歪めて言うと、エアルに酔いながらも同じような笑みを浮かべてユーリが返す。

「悪ぃな。こっちにゃ、おとなしく忠告聞くような優しい人間は居ねぇんだ」
「ふん、なるほど……って、なんだ、クビになったカロル君も居るじゃないか。エアルに酔ってるのか。そっちはかなり濃いようだね」
「丁度いい。そのままおとなしくしていろ。こちらの用事は、このケダモノだけだ」
「大口叩いたからには、ペットは最後まで面倒見ろよ。途中で捨てられると迷惑だ」

淡々と述べたクリントに荒い息を繰り返しながらも嫌味を言うユーリだったが、生憎と彼は余程の自信があるのかそれ以上何も語らなかった。魔狩りの剣達は各々武器を構え、こちらにはもう目も向けずにいる。わざわざ逆結界の中に閉じ込められている巨大な魔物を解放し挑もうとしているのだろう。ギルドの名前が魔狩りの剣である事から、ストレートだが魔物を狩るのが彼らのギルドの仕事だと考えられるから。

そこへ突然先程とは違う雄叫びが響いた。音を辿って天を仰ぐと、魔導器の遙か上からラゴウの屋敷でも見た竜騎士の姿がある。現れたかと思うとすぐ魔導器を一撃で壊してしまい、そのせいで結界が破れ閉じ込められていた巨大な魔物が出て来てしまった。その魔物に喜々として挑んでいるクリントだったが、竜騎士はまるでその魔物を守るかのように立ち塞がる。するとフードを目深に被った男がニヤリと口元を歪めた。

「まず自分を倒せって事らしいぜ。面白れぇじゃねぇか!!」

男はナンと共に竜騎士に狙いを定め、連携して攻撃を開始している。大勢いる魔狩りの面々を竜とそれに跨る騎士のたったふたりで翻弄し続ける姿は、例え素人が見てもどちらの方が圧倒的に強いのか明白だ。

しかしユーリ達には、それを眺めている暇など微塵もなかった。逆結界の魔導器に閉じ込められていた巨大な魔物が暴れ出したせいで辺りの地面が隆起していく。ユーリは意識を失ったままの恋人を抱き庇いながらも、手足が震えた。巨大な魔物はこちらへ狙いを定めたらしくゆっくりと向かって来る。流石のラピードも怯えを感じるのか、唸り声を出してはいるがユーリのすぐ脇へにじり寄っていた。

「あ……あぁっ……や、やだ……」

あまりの恐怖に立って居られず、歯を金物のようにガチガチ鳴らすカロル。そんな彼を庇うようにハルカ達は武器を構えていた。戦いが避けられそうにない事など、巨大な魔物を見れば一目瞭然である。

無理だ、敵いっこない。そんなの、戦う前からわかるじゃないか。

ハルカ達は、それでも立ち向かっていた。吹き飛ばされて傷だらけになりながら、必死に戦っている。カロルには参戦する勇気なんてなかった。腰を抜かしたまま後退し、逃げなければと、そればかりが脳を支配している。

震えの止まらない手と足を使って這うように移動するカロルの目に、アイナが映った。目蓋を下したままの彼女が、近距離で響く魔物の咆哮にも争いの音にも起きる兆しはない。

早く逃げなければと思った、けれど。

「誰かの大切な人を信頼して預けられるって、最前線で戦うよりも重大任務だと思うな、あたし」

ハルカの言葉が、耳の奥で響いて離れない。



辛くも勝利を収めたハルカ達は、ゆっくりとした動作で起き上がり、奥へと去っていく巨大な魔物の後姿を見詰めていた。一様に肩で息をしながら、乱れた呼吸を整える。横目で見ると、竜騎士と魔狩りの剣の方はまだ戦っていた。

しかし室内の振動は先程から絶え間なく続き、水が漏れ始めている。ヒラリと身を翻し上方へ去っていく竜騎士を睨み上げ、渋々撤退していった。激戦の後だというのに落ち着く暇なんてないのは、続く揺れがこれでもかと教えてくれる。

「オレ達も退くぞ」
「あ〜もう、あたしもあのバカドラ殴りたかったのに!」
「今回は仕方ないって、リタ。それどころじゃなかったし」
「わかってるわよ、だから余計に腹立つの!」

疲労しながらも怒るリタを宥めながらハルカが苦く笑っていた。優しい手でリタの背を叩きながら歩くハルカも、ユーリですら何も気にした様子もなくさっさと歩いている。その背中を、エステルは必死に呼び止めた。

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ほたるび