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「待ってください、カロルとアイナはどこに!?」

そう、ふたりの姿が見当たらないのだ。痕跡も残さずに消えてしまっている。だからエステルは酷く動揺していた。しかしユーリは冷静に、いつもの調子で言う。

「その辺に居ない所を見ると先に外へ出たんだろ。探しながら行くぞ」

少しは安堵したエステルも一緒に、来た道を戻った。一本道だがどこにも見当たらず、ついには建物から出てしまう。ハルカは大きく深呼吸をした。濃いエアルに酔っていたせいか、外の空気がやけに美味しい。エステルとリタも隣で大きく息を吸っている辺り、彼女達もそうなのだろう。

そこで突然聞き覚えのある声が耳を貫いた。幼さの残る高い音色がナンという少女だと教えてくれる。声のする方に行ってみると案の定ナンと、カロルが対峙している姿があった。カロルの傍には目は覚ましているものの、ぼんやりした顔のアイナが座り込んでいる。まだ意識が戻ったばかりらしいのは察しが付くけれど、ふたりはお構いなしに口論を続けていた。

「何かあれば、すぐにそう!いつも、いつもひとりで逃げ出して!」
「ち、違うよ!」
「何が違うの!?」
「だからハルルの時は……!」
「今ハルルの事は言ってない!やましい事がないなら、さっさと仲間の所に戻ればいいじゃない」
「だから、それは」
「あたしに説明しなくていい。する相手は別に居るでしょ」

ナンの言葉や仕草で気付いたのだろう、カロルがハルカ達の方を向いた。視界に捉えたのも束の間、すぐに俯いてしまう。自分ばかりが逃げだしてしまったと考えて後ろめたく思っているのだろう。しかし子どもならば尚更逃げて当たり前の状況だったのに、と心に留めながらハルカは苦く笑った。言葉にして伝えても、カロルは納得しないだろうけれど。

「カロルもアイナも、無事でよかったです」
「まったくよ。どこ行ってたんだか。こっちは大変だったのに」

純粋に安堵しているエステルに続いてリタが皮肉を言う。ますます俯き、情けない声色で素直に謝るカロルに目線を合わせると、ハルカは満面の笑みを見せてから彼を抱き締めた。

「わ、ちょっとハルカ……!」
「カロル怪我してないみたいでよかった〜!しかもあの状況からアイナを助けてくれてありがと!」
「そんな、ボクはただ……」

自虐的な言葉が続きそうなカロルの頭に大きな手が乗る。誰なのかすぐわかったのだが、なんとなく顔を上げて表情を見てみた。見上げたユーリはカロルの頭に手をポンポンと優しく叩くだけで怒ってもなければ呆れた様子でもない。カロルの知る、いつもと変わらないユーリが居た。

リタには皮肉を言われたが、それでも自分の無事を心から喜んでくれている雰囲気が伝わってきて涙が溢れる。逃げたのにどうして、という疑問はカロルの喉でつっかえて音にならなかった。

すると先程までとは真逆の静かな口調で、ナンは「もう行くから」と零して背を向けた。呼び止めたカロルに、自分が何をしたのかちゃんと考えろ、でないともう知らないと言い残して。遠ざかっていくナンの後姿を見詰めるカロルの頭に乗ったままの手を、乱暴に動かして撫でた。お陰で今朝も気合を入れてセットしたのに台無しになってしまう。

「ちょっと!や〜め〜て〜よ〜!」
「行こうぜ、カロル。もう疲れた」

いつも通りで何事もなかったみたいに、けれどいつもより少し優しげなユーリはカロルの頭から手を放すと、そのまま未だ座り込んだままの恋人の目の前に屈んだ。まだ呆けた顔をしているアイナの頬を両手で挟み、ほんのちょっぴり左右に揺らしながら呼びかけている。彼女は間延びしながら大丈夫かと問うユーリを呆けた顔のまま見上げ、両腕を伸ばして小さな声を零した。

「ユーリ、おんぶ」
「……、はいはい」

早くと急かすアイナは、いつもと大きく違って子どもみたいに見える。ハルカも抱き締めていたカロルを放してきょとんとしている辺り、彼女にとっても珍しい光景なのだろう。ユーリは屈んだままくるりと背を向け、アイナの体が無遠慮に乗ると膝裏に腕を入れて立ち上がった。彼女の細い腕が首に回り、苦しいのではないかと心配になるくらい強めにしがみ付いている。

違和感を覚えたハルカがすぐに駆け寄って、アイナの顔を覗き込みながら声をかけた。

「アイナ、大丈夫?具合悪い?」

アイナはユーリの右肩に額を預けたまま首を横に振るだけで、何も言葉にはしない。本当に子どもみたいで、いつもの彼女らしくなかった。しかしハルカは、それ以上は詮索しない事にした。ハルカにとって、互いの全てを把握する事は愛でも友情でもなく狂気にも似た執着だから。

ハルカは努めて明るく「それにしても」と言う。

「結局紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)は居なかったねぇ。魔狩りの剣見っけてそっちばっかり気にしてたから今まで忘れてたけど」
「とんだ大外れよね」
「ほんとに。やっぱ、あのおっさんの情報は次から注意しないとな」

ハルカの言葉に同意し、ため息を吐いたリタがその発言に固まる。恐る恐るユーリの言うおっさんが誰であるのか確認すると、あっさり肯定されてしまい、リタは怒りに震えた。

「あ、あのおっさん、次は顔見た瞬間に焼いてやる!!」
「穏便に。ね、穏便に行きましょう、リタ」

荒い歩調で歩き出したリタの隣を慌てて確保してから、エステルは怒りが静まる様子のない彼女を宥めようと必死にあれこれ話始める。その後ろ姿に苦く笑ってから、ハルカもアイナをおぶっているユーリも続いた。

ボクだって、と後ろを歩くカロルが呟いたのには気付かないふりをしておこうと目を伏せる。



初対面で申し訳ないが、ハルカは間の悪い時に登場した目の前の青年を思いっきりぶん殴ってしまえたら、どんなに気が晴れるだろうと思った。

菫色の髪を長く伸ばしオールバックにし、騎士とは思えない奇抜なデザインの服に身を包んでいる青年は主にユーリを指さして偉そうに踏ん反り返っている。部下と思わしき騎士達にハルカ達を囲ませており、自分は剣も抜かずに汚物でも見るような目を向けていた。

非常に疲れているというのに見るからにナルシストっぽいその青年は、ハルカには生理的に無理だと直感的に感じる。

「……誰?この非常にキモイの」
「キュモールだよ、見ての通り騎士様だ。わざわざ海まで渡って暇な下っ端共だな」
「くっ……君に下っ端呼ばわりされる筋合いはないね」

一度寄せたキュモールの眉が、今度は蔑んでいる印象を作る。そして「姫様」と「おぶわれている彼女」が自分の方へ来る事を要求した。

姫様とは言わずもがなエステルの事だと、カロル以外はすぐにわかった。きちんと隠していたつもりになっていたらしいエステルは、姫様が彼女の事であるとわかっていないカロルに当たり前の事を教えるみたいな口調で教えたユーリにも、やっぱりと零すハルカ達にも酷く驚いていたが。とは言え、エステル自身の意思で旅をしているのだとしても身分が高くなればなる程に自由がなくなる場合だってあるのだから、それは理解出来る。

だが、どうしてアイナなのだ?だってキュモールの言う「おぶわれている彼女」とは、アイナ以外は自分の足で立って居るのだからユーリの背中に居る彼女の事で間違いないのだ。

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ほたるび