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「オレが行くから寝てろ。慣れない旅とか戦いばっかで、疲れてるだろ?」
「え、でもアイナが」
「あんたが無理するとアイナが泣くんだよ。いいから寝てろ」
「ユーリが無理してもアイナは泣くと思うけど」
「そん時は、フレンとあんたに殴って貰うさ」
「……わかった。でもその時は、ラピードにも噛んで貰うから。アイナの事、頼んだよ」
ユーリが静かに頷いてから部屋を出ていくのを見送った。きっと自分に話そうとはしない類の悩みなのだろうと昼間の様子から予想はついている。だったら長い時間寄り添い歩んできた恋人であるユーリの方が、ずっと話し易いだろうと考えを改めた。自分が無理に踏み入って聞こうとするより、その方がよっぽどいいだろうと。
けれどハルカはこの時の選択を、後に酷く後悔する事になる。
翌日、朝とは言えない時間帯に準備を終えて各自ロビーに集まったユーリ達は、外から聞こえてくる妙な音に眉を寄せる。宿の主人は結界魔導器(シルトブラスティア)の調子が悪いらしい、と言うがその程度で音など鳴るのだろうかとハルカもカロルも首を捻った。それを聞いたリタがすぐに駆け出すがユーリに腕を掴まれ足を止める。
「ちょい待った!」
「待ってらんないわよ」
「騎士団長様だって居るんだ。すぐに手を打ってくれるだろ」
「リタが出て行って勝手するとエフミドの丘ん時みたいになっちゃうもんね」
「とりあえず、フレンにでも知らせてやりゃいい」
カロルにエフミドの丘の件を引き合いに出された瞬間、リタは彼を睨んだが続けざまにユーリに諭され肩の力を抜く。エステルもそこに居る可能性が高いと考えたユーリ達は、ひとまず騎士団本部へ向かった。昨日連行された上にユーリの罪状を延々と聞かされた場所なので出来れば来たくはなかったけれど、文句は言っていられない。
連行されたのと同じ部屋に、フレンだけでなくエステルも居た。まだ帰っていない事を素直に喜ぶカロルが、嬉しそうに声をかける。
「エステル!まだ帰ってなかったんだね」
「はい」
「こちらもすぐに騎士団を動かせなくてね」
「まぁ騎士団的には、お姫様を帝都までお連れするんだからそれなりの準備は必要だよね。道中で何かあってからじゃ遅いし」
ハルカの言葉に苦笑いを浮かべながら肯定したフレンを見て、形式張ったものが多く面倒そうだと思わず彼女も苦い表情になる。息が詰まりそうな職場なのだろうなとハルカが勝手に想像していると、ユーリが「それより」と話に割って入った。
「なんか結界魔導器が変な音出してるけど、平気か?」
「それが気になって、わざわざ顔を出したのか。相変わらず、目の前の事件をユーリもアイナも放っておけないんだな」
「オレ達っていうか、こっちの……」
「様子がおかしいのは明白よ。あたしに調べさせて!」
フレンときっちり対面して強く主張するリタに彼は真摯に、それでいて曲がらない意思が籠った声色で告げる。
「今、こちらでも修繕の手配はしてあるんだ。悪いが魔導器(ブラスティア)を調べさせるわけにはいかない」
「なんでよ!?」
答えようとフレンが口を開いた次の瞬間、大きな地響きがユーリ達を襲った。その強い衝撃にバランスを崩し倒れそうになるアイナをユーリが抱き留める。地響きはすぐに納まったが、調子が悪いという結界魔導器に不安を覚えた彼は、仲間達に行くぞと声を張って駆け出した。
屋外へ出ればすぐに異変が起きているとわかった。結界魔導器が空へ向かって煌々と光を放っているのが見えたるだ。ハルカが昔絵本で見た豆の木を彷彿させる茎が、捻じれながら絡み合い脈打ちながら、あちこちを走っている。エアルに影響されているのだろうか。敏感なアイナが真っ青な顔で膝から崩れ、咄嗟にフレンとハルカが支える。そんな状況下でも迷わず近付こうとするリタの腕を、ユーリが掴んだ。
「ちょっと放して!この子ほっとけないのよ!エアルが馬鹿みたいに出てる!この濃度じゃ命に関わるわ!」
「お前だって危険じゃねぇか!?」
不意に魔導器が強い閃光を放ち、近くに居たユーリとリタは吹き飛ばされる。なんとかリタを庇う事が出来たユーリが倒れている隙に魔導器へ駆け寄ったリタは、素早く操作盤を出して修復の作業に入った。それを止めようとしたユーリを阻むように強くなった光のせいで、もう近付く事が叶わない。
「市民を街の外へ誘導だ。あと姫様を含めた彼らも。エアルの暴走だ。どうなるか想像付かん」
「はい……ハルカ」
「わかってる。行って、フレン」
強く頷いた彼女に応えるように、素早く行動へ移すフレンに誘導されて唖然としたり、腰を抜かしたりしていた人々が街の外へ向かって避難を始める。力強い支えをひとつ失ったアイナを自分に寄りかからせ、危険を承知で魔導器の修繕を続けているリタの背中に目を向けた。リタはとても心配だがアイナも放ってはおけず、ハルカはただ見守るしか出来ないし彼女を支えるので精一杯の状態だ。結界魔導器から放たれ続ける光が、これ以上誰かが近寄る事を拒んでいる。
しかし、近寄る人物がひとりだけ居た。
エステルだ。眩い光を全身から放ちながら、彼女だけがリタへ平然と駆け寄る。
「リタ、大丈夫!?」
「エステリーゼ……」
目を見開いて心底驚くリタだが、今はエステルが光を放っているのを気にするより先にしなければならない事があると、再び魔導器に向き直って操作盤をいじった。一秒でも早く直さなければ容量を超えたエアルが流れ込むこの魔導器は、街を飲み込むか爆発するか、ふたつにひとつだ。リタは目の前の魔導器に集中し、ひたすら手を動かす。
出来たと安心した瞬間だった。魔導器が、耳が痛くなる程大きな音を立てて、周囲を強すぎる閃光が包み込む。思わず悲鳴を上げ魔導器に襲われる覚悟をしたリタだったが、いくら待っても自身の身に何も起こらない。恐る恐る目を開けて飛び込んできたのはエステルでも魔導器でもなかった。
「アイナ!!」
ユーリとハルカ、そして耳慣れないフレンの悲痛な声が重なって聞こえる。ハルカに支えられてやっと立っていたはずなのに、アイナの背中がリタの目の前にあった。細く脆いように見えるはずのそれが、強く頼りがいがあるのだとリタは改めて思い知る。彼女は、閃光が走る直前まで確かにハルカの傍に居たはずなのに、それでも一瞬でここまで来て守ってくれた。礼を言おうとした開いた唇が、倒れたアイナの姿にそれ以上動かなくなる。
気を失ってしまった彼女は、酷くボロボロだった。
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ほたるび