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ひゅ、と息を飲んだのはエステルだったのか。それともアイナか。ハルカはついリアクションしそうになったのを、どうにか堪えた。努めてさり気なくユーリの様子を窺えば、心なしか険しいがいつもと変わらないように見えなくもない。

「な、なんの事です?」
「正直言って、羨ましいわ。魔導器(ブラスティア)がなくても治癒術が使えるんでしょ」
「ど、どうして、それを……」

ふたり共、という部分には気付く余裕のないエステルからは、どうにか誤魔化そうという考えが目に見えてしまう。けれどユーリは随分前から気付いている風だったし、自分自身も魔導器を必要としないアイナだって気付いていただろう。ハルカは、教えられたばかりのアイナの秘密で余裕がなかったから気付かなかったが。

まるでユーリ達の間に漂う空気を引き裂くように突然の方向が轟く。素早くベランダに出たユーリは現れた竜騎士に対峙し、ドラゴンの口から吐き出された炎を剣で受け止めた。遅れてハルカも彼の隣に立ち、銃を撃って応戦する。軽々と避けられてしまえば舌を打った。

そこへ大きな音で心配になったらしいカロルが慌てた様子で部屋に現れる。外に居るドラゴンと竜騎士に驚いた彼は不意の事で悲鳴を上げた。更なる攻撃が来る可能性を考えて警戒を続けるユーリとハルカだったが、彼らはまるで何事もなかったかのように踵を返す。

何かと間違えて襲撃して来たのだろうか。少なくともハルカには、数と場所から不利だと考えて去ったようには見えなかった。素人に近いハルカから見て不利なのはこちらの方だったのに。

「何?なんなの?な、なんだったの、あれ」
「いやぁ、それがわかったら苦労しないよカロル君。突然現れて襲ってきたかと思いきや、突然帰ってった上に、終始無言だったからねぇ」
「それにしては呑気だね、ハルカ……」
「いやいやカロル君、ぶっちゃけ足ガクガクでビビりまくりだよ?ただちょっと、てめぇアイナが怪我して休んでるとこに奇襲かけてくるとは明らかに喧嘩売ってんな、よし激安で買ってやんよの精神が勝っただけで」
「……ハルカって時々よくわかんないよね」
「そうか?単純にアイナが関わると怒りの沸点がアホみたいに低いだけだろ」
「何さその言い方。なんかユーリには言われたくない、絶対言われたくない」
「ユーリもアイナが関わると心狭いもんね」
「まぁな。むしろ広くする意味がわかんねぇよ」
「お兄さん結構な独占欲の持ち主だもんねぇ」

からかえば「うるせ」とユーリがハルカの頭を小突いた。ハルカは笑いながら、話が逸れた事に内心酷く安堵する。

魔導器がなくても治癒術が使える、なんて重要な話を襲われる直前までしていたのを忘れた訳ではない。けれどハルカはちょっとでも、もう一度その話になるのは嫌だと感じて必死におどけていた。ユーリもそれを察したのか、それとも同じ考えだったのか、ハルカにはわからない。ただ、話の途中ではあったが、最初に話題を出したリタ自身もあれ以上続ける気はなかったようで、色々あったから休まないかと提案してくれたので甘える事にした。

翌朝になってからユーリ達は改めてエステルとの別れを惜しみながら、フレンの元へ送ろうと騎士団の元へ歩き出す。

「あの、ユーリ達はこの後どうするんです?」
「そうだな。紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)の足取りも途絶えちまったし」
「だったら、この先にあるダングレ……スト、はダメだ。今戻ったらみんなに馬鹿に……」

途中から突然勢いをなくしたカロルの頭をポンポン、と優しく叩きながらユーリが問う。

「ダングレストっていうと、確かギルドの街だったよな?」
「あぁ、だったら紅の絆傭兵団の情報も見付かるかもね。カロル、こっからだとどっち?」

ハルカも乗り気になって尋ねれば、出来れば行きたくないと全面に出ているのに彼は西に行けば着くと教えてくれた。行きたくないのならそう言ってくれたっていいのに、それでも教えてくれるのはユーリとアイナが紅の絆傭兵団を追う理由を考えての事だろう。カロルのそういう所は美徳だと思うし、もっと自信を持っていいとハルカは思うのだが、周りに言われたからと突然身に着くものでもないのは知っている。だったらカロル自身が少しずつでも自分に自信が持てる後押しが出来ればいいと考えながら、ハルカは努めて元気に言った。

「ユーリ、なら行こうよ!行って損はないって」
「そうだな。ギルド作るにしても、色々と参考になるだろうし」
「え、ギルドのため?なら行こう!」

突然元気になったカロルが微笑ましくて、つい笑みが零れる。

横目に見えたリタだけが、少し俯いたまま口を閉ざしていた。



どこにも見当たらないフレンの姿に途方に暮れていると、アレクセイが補佐の女性を伴ってユーリ達の所へ近づいて来た。フレンは別の用があって既に旅立ったと告げた上で、自分の要件を伝えようと早々にリタへ向き直る。

「さてリタ・モルディオ、君には魔導器の暴走の調査を依頼したい」
「……あれ調べるのは、もう無理。あの子、今朝も少し視たけど結局何もわからなかったわ」
「いや、ケーブ・モック大森林に行って貰いたい。最近、森の木々に異常や魔物の大量発生、それに凶暴化が報告されている。帝都に使者を送ったが、優秀な魔導士の派遣にはまだまだ時間を要する」
「あたしの専門は魔導器。植物は管轄外なんだけど?」
「エアル関連と考えれば管轄外でもないはずだ」

言い返せなくなったリタが喉を詰まらせる。少しの間沈黙した後、ちらりとエステルを見たがすぐ目を逸らした彼女は、頬を染めながら訴えた。エステルが戻るならば共に帝都へ行きたい、そうはっきりと。

状況が飲み込めず驚いて固まるエステルだったが、アレクセイが至極当然に否定する。

「君は帝国直属の魔導器研究所の研究員だ。我々から仕事を請け負うのは君達の義務だ」
「あ、え、えっと……それじゃぁ、私がその森に一緒に行けば問題ないですよね」
「姫様、あまり無理を仰らないでいただきたい」

努めて冷静を呼び戻したエステルは、どうにかアレクセイを説得しようと言葉を探してまくし立てた。

「エアルが関係しているのなら、私の治癒術も役に立つはずです」
「それは、確かに……」
「お願いです、アレクセイ。私にも手伝わせてください!」

少しでも言葉を詰まらせたのは珍しい、好機だと考えエステルは畳みかけるように、真摯に頭を下げる。けれどアレクセイもそれだけで納得はしない。行こうとしているのは危険な場所なのだ。それを理由に首を振る彼に、それなら、とエステルはユーリ達に向き直る。

「ユーリ、アイナ、一緒に行きませんか?」
「え、オレ達が?」
「ふたりが一緒なら、構いませんよね?」

正直な事を言えば、エステルは帝都に住む実力のある元騎士同士のカップルが居るという噂話を城内で耳にした事があった。ユーリが元騎士だとはフレンに聞いていたが、彼はアイナもそうだとは教えてくれず、この街に来てからアレクセイに教えられた。騎士団長である彼の口ぶりからも、彼らの実力への信頼度が高いのは感じている。仲間を利用しているみたいで酷く申し訳なかったが、それでもエステルはまだ彼らと一緒に旅をしていたかった。

エステルの強い眼差しに観念したのか、やがて重い息を吐き出したアレクセイがユーリとアイナに言う。

「……姫様の護衛をお願いする。一度は騎士団の門を叩いた君達を見込んでの頼みだ」
「なんでもかんでも勝手に見込んで押し付けやがって」
「その返答は承諾と受け取っても構わないようだな」
「お前らがいくら拒否したって変わんねぇのは、アイナの件で痛い程知ってるよ。ただし、オレ達にも用事がある。森に行くのはダングレストの後だ」

話は決着したとその場を離れるアレクセイに、補佐の女性が近付きそっと紙を見せた。すると彼は「この結果をフレンは予期していたようだな」と呟いてから、ユーリとアイナに再度向き直おる。

「エステリーゼ様を頼む。フレンからの伝言だ」

フレンらしい、とふたりは顔を見合わせて笑う。エステルは自分の我儘を通してくれたアレクセイに深く頭を下げると、とても嬉しそうにユーリ達とダングレスト方面へ向かって去っていった。

一行を見送りながら、アレクセイは傍へ寄って来た男へ声を落とす。

「君にやって貰う仕事が出来た」



to be continued...

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ほたるび