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「暴れまくってた魔物が突然、おとなしくなって逃げやがったんだが……てめぇらが何かしたのか?」
まるで呟くように、静かに問うドンに対してユーリは恋人を抱き締めて離さないまま首を捻った。ハルカには彼女に頬擦りしているように見えているのだが、気のせいだと思う事にする。
「何かって、なんだ?」
「……ユーリ、あれです。エアルの暴走が止まったから」
少し言葉を詰まらせてから声をかけたエステルも、頬擦りは見なかった事にしたらしい。一歩前へ出たカロルが、緊張と興奮を隠せない様子で自分達がエアルの暴走を止めたから魔物がおとなしくなったのだと告げた。するとドンは何か心当たりがあるような素振りを見せ、それに気付いたリタも少し興奮したまま訊ねる。
「何、おじいさん、なんか知ってんの!?」
「いやな、ベリウスって俺の古い友達がそんな話をしてた事があってな」
「ドンが南のベリウスと友達って本当だったんだ……」
「何よ、そのベリウスっていうの」
今度は驚いて声を零したカロルへ問うと、彼はリタに向き直ってきちんと答える。どうやらベリウスというのはノードポリカという街で闘技場の首領(ボス)をしている人物らしい。
「で?エアルの暴走がどうしたって?」
「本当大変だったんです!すごく沢山、強い魔物が次から次へと、でも……!」
「坊主、そういう事はな、ひっそり胸に秘めておくもんだ」
「へ?」
懸命にアピールするカロルの頭に大きな手を置いたドンの言葉に、彼は目を丸くして巨体を見上げる。ドンは叱るでもなく、諭すような口調で続けた。
「誰かに認めて貰うためにやってんじゃねぇ。街や部下を守るためにやってるんだからな」
素直に謝罪を口にしたカロルの頭を乱暴に撫でてやった後、彼は人と人の影に上手く隠れていたレイヴンに気付いて声を上げた。近くに居たハルカの耳にレイヴンの舌打ちが聞こえる。観念して姿を見せたレイヴンに、彼は眉を寄せた。
「うちのもんが、他人様のとこで迷惑かけてんじゃあるめぇな?」
「迷惑って何よ?ここの魔物おとなしくさせるのに頑張ったのよ、主に俺が」
「え!?レイヴンって、天を射る矢(アルトスク)の一員なの!?」
「どうも、そうらしいな」
嘘のような話だがそうらしいと判断したユーリ達は、ドンの持つ剣の柄で突かれ続けるレイヴンを見る。アイナの言っていた「天を射る矢とのちょっとした縁」というのは、そういう事かとやっと理解出来た。彼女の養父の友人がレイヴンと仕事仲間だったという事は、その友人というのも同じギルドだったという事になる。人と人の縁は、どこでどう繋がっていくかわからない。ハルカは不思議なものだとしみじみ感じた。
未だ柄で突かれているレイヴンをそろそろ助けてやろうかと考えていると、ユーリが突然アイナを任せてきた。ハルカが素直に応じて代わりに顔色の悪い親友を支えていると、彼は背筋を伸ばして背の高い自分よりも大きく逞しい老体を呼ぶ。
「なんだ?」
「会ったばっかで失礼だけど、あんたに折り入って話がある」
「若ぇの、名前は?」
「ユーリだ。ユーリ・ローウェル」
「ユーリか、おめぇがこいつらの頭って訳だな?」
「あのー、ちょっと、じいさん、もしもし?」
横槍を入れるレイヴンを無視したまま、ドンは嬉しそうに口角を上げる。
「最近、どうにも活きのいい若造が少なくて退屈してたとこだ。話なら聞いてやる。が、代わりにちょいとばかり面貸せや」
「あちゃー、こんな時にじいさんの悪い癖が……」
生き生きした表情の彼と対照的にレイヴンは額に手を当てて項垂れる。悪い癖なんて言われて聞き流す訳にはいかずリタが何の事か問えば、彼は呆れた様子で骨のありそうな人物の腕っ節を試してみたくなるのだと苦く笑った。
「そういう事だ。ちょいと年寄りの道楽に付き合え」
「いいぜ。ギルドの頂点に立つ男とやり合うなんざ、そうある機会じゃないだろうしな」
「はっは!それでこそだ」
互いに武器を構えて対峙し、ユーリが一気に間合いを詰める。振り上げた剣を軽く避けたドンの反撃を受け止めたのも束の間、易々と吹き飛ばされてしまった。辛くも空中で体勢を整えて着地したユーリだったが、すぐに巨体から繰り出された追撃に襲われる。右へ転がって辛くも避けるものの、間髪入れずに飛んできた拳に為す術もなかった。
素人と言っても過言ではないハルカの目で見ても、明らかに実力の差が大きい。どれだけ向かっていっても勝機がないのは一目瞭然だった。それは対峙しているユーリが一番感じているはずだ。けれど彼は決して諦めず、何度転がされても必死に食らいついている。それでも少しずつ、一撃目を避けられるようになっていた。しかし経験の差は大きいらしく、ドンはユーリが避けてもすぐに次をお見舞いしている。
何度目かわからないが、またユーリが転がされた。が、すぐに体勢を整えて舌を打つ。
「まだまだ!」
「おっと、ここまでだ。これ以上は本気の戦いになっちまうからな。久々に楽しかったぜ」
嘘だ、という言葉がハルカの口から飛び出しそうになった。素人が見たってユーリは全力だったし、ドンは終始余裕だった。それなのにあれ以上やって本気の戦いになるとは、どうしても考えられない。
それでもドンの顔は明らかに満足していた。ユーリを気に入ったのか、結界の外だと言うのに落ち着き払って彼の話を聞こうとしている。しかし、街から伝令に来たらしい男が声をかけてからドンに何か耳打ちする。頷いた彼はユーリを見やり、少しだけ眉尻を下げた。
「すまねぇな。急用でダングレストに戻らにゃならねぇ。ユニオンを訪ねてくれりゃぁ優先して聞くから、勘弁してくれ」
「いや、約束して貰えるならそれで構わねぇよ」
「ふん、俺相手に物怖じなしか。てめぇら、いいギルドになれるぜ。野郎共、引き上げだ」
ドンが背を向けるとすぐに、アイナは戦い終わったユーリの傷を癒し始める。傍へ寄った彼女の肩を抱き寄せたユーリはその額へ愛おしそうに唇を寄せたのを、こちらを気にしながら歩いていたドンの部下達が見ていた。大きな怪我がない事に安堵し恋人からの唇の追撃を受け入れる姿まで目撃するなり、それきりこちらを振り向かずに見えなくなる。
「で、どうよ。俺様の偉大さが伝わったかね?」
「なんでこのタイミングで意味不明な事ほざくかね、このおっさん。偉大なのはあんたじゃなくてドンでしょ、どう考えても」
「何よ、すぐケチつけるんだから。ハルカちゃんの意地悪」
「おっさんが口尖らせて拗ねても可愛くない。せめてカロルより下の年齢に戻ってからやって」
「無理難題!」
騒ぐレイヴンを無視して恋人達を見やる。やはり彼らは一緒でなければと、寄り添う姿に酷く安堵した。
to be continued...
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ほたるび