02


低く短い肯定に、ハルカとアイナも頷く。空気が一変し、フレンは酷く顔を歪めながらラゴウの悪行を教えてくれた。

ノール港の私物化、バルボスと結託し反逆行為、街の人々からの掠奪、気に入らないという理由だけで部下にさえ手をかけたそうだ。殺した人々は魔物の餌か、商品にして、死体を欲しがる人々に売り飛ばして金にしていたとか。

そんな外道がのさばらせるのが帝国かと思うと、ハルカは憤らずには居られなかった。

「これだけの事をしておいて罪に問われないなんて……!思っていた以上だった、評議会の権力は!隊長に昇進して、少しは目的に近付いたつもりだった。だが、ラゴウひとり裁けないのが僕の現実だ」
「……終わったわけじゃないだろ?それを変えるためにも、もっと上にいくんだろ」
「そうだ。だが、その間にも多くの人が苦しめられる。理不尽に……それを思うと……」
「短気起こして、ラゴウを殴ったりすんなよ?出世が水の泡だ」
「そういうのはユーリの専売特許です。それにフレン、冷静に考えて。帝国を治める評議会の一員がそんな悪行をしていて、国がそれを長い間放っていたと国民が知ったら、混乱が起きる。暴動だって起きるかもしれない。今の帝国に対して、国民の信頼なんてあってないような程度だよ。騎士団だって表向きの信頼しか得られてない。張りぼての信頼しかない帝国に、今回の事件の真実は重すぎると思う」

アイナがそう言うと、フレンはついに黙って俯いた。混乱に、暴動。確かにハルルの街に行った時も騎士団に対する愚痴を聞いた。帝都から出る時、下町ではユーリのためとは言え騎士の足止めを町の人達が一丸となってしてくれた。それを思い出したハルカは、確かにと納得した。

「(張りぼての信頼しかない国……その通りなのかも知れない)」

だからギルドに集う人が後を絶たないのではないか。カロルのような年齢でも、たったひとりで生計を立てなければいけないような、そんな国なのだ。未成年の保護とか、そういう概念すらないのかも知れない。

フレンが立ち向かおうとしている「理不尽」は、ハルカが過ごしてきた国よりも、ずっと大きい。それに理不尽に立ち向かうのは純粋にすごいとは思うが、潰れてしまわないか心配だ。

ユーリが俯いたままのフレンの肩に手を置いて言う。

「お前はラゴウより上に行け。そして……」
「あぁ、万人が等しく扱われる法秩序を築いてみせる。必ず」

改めて決意表明するフレンに、ユーリは満足そうに頷いた。

「それでいい。オレも……オレのやり方でやるさ」
「ユーリ?」

違和感を覚えたのかアイナが彼の腕に触れる。その手にもう一方の手で触れながら、ユーリは苦く笑い、そして静かに問いを投げかけた。

「法で裁けない悪党……お前ならどう裁く?」
「まだ僕にはわからない……」

そうか、と残してユーリは去っていく。なんとなく追えなくてハルカはアイナと一緒に残った。

「フレンは、その……本当に目指してるの?万人が等しく扱われる法秩序を築く、って」

そんなの理想論だ。現実にはならない。世の中から理不尽は消えたりしない。

「理想論だと思うかい?」
「そ、れは……」

図星だ、とハルカは言葉を詰まらせる。けれど気にしていないのか、フレンは「アイナにも言われたよ」と笑った。驚いたハルカがアイナを見ると、困った風に眉を寄せながら頷く。

「でも応援もしてるよ。私もそんな世界が見てみたいし」

だから出来る事はやる。困っている人を見たら助ける。それは、その一歩だと彼女は言った。

彼女の性分からくる行動だと思っていた。実際そうなんだろう。困っている人を見たら放ってはおけない、そんな性分。けれどそういう意図もあったのなら、ハルカもやりたいと思った。

万人が等しく扱われる法秩序――そんな世界が見たいと。



アイナはあの後、恋人だというハルカとフレンに気を利かせて先に宿へ戻った。そのタイミングで騎士団の駐屯地から離れ、人気のない所へ移動する。これが別に色っぽい意味ではないのは、フレンも理解しているだろう。ガスファロストでの事を教えてくれるのだと、ハルカもわかっている。

だから人の気配がない場所に来た。声も互いにやっと聞こえる程度してか出す気がない。

「それで?ほんとはアイナに何があったの?」
「気が早いな」
「フレンだってそれが目的でここまで来たんでしょ」
「そうだけど、もうちょっと恋人らしい雰囲気とかね」
「アイナ優先」
「……そうだね」

何から話したらいいのか、フレンは最初言葉を濁したがやがてゆっくり話してくれた。

それは眠ると言うより「落ちる」という感覚だったらしい。そして夢を見ていると言うより「見せられている」という自覚があった。シゾンタニアでの事件で亡くなってしまったたくさんの命が足元に倒れている夢。そして知らない女の声が言うのだ。お前のせいで死んだと。

すると景色が突然変わって、ユーリが居る。アイナではない女性と幸せそうに寄り添い、笑っている姿。目の前で抱き合い、そしてキスをして――そしてまた同じ声が言うのだ、お前が壊したと。

見たくないと目を覆うと、また嘲笑うように声は言う。壊すだけではなく、今度は殺す事になると。

咄嗟に顔を上げるとユーリとラピードが倒れていて、駆け寄るとユーリが言ったのだという。お前のせいだ、出会わなきゃよかったんだ、消えてくれと――そして目が覚める。

「それから寝るのが怖くなったらしい。うとうとしても、その女の声やユーリの消えてくれって声が聞こえて、ユーリが別の人と寄り添っている景色が見えて……眠気に襲われるのすらも、怖くなったそうだ」
「でもアイナは、ユーリが愛してくれている事を信じられなくなるのが、一番怖かった?」
「流石親友、よくわかってるね」
「このくらいならエステル達だって気付いたよ。そのくらい、ユーリもアイナも、想い合ってる。わかり易すぎるくらいにね」

確かに、とフレンは少し笑った。

「だからアイナに訊いたんだ。ユーリの暑苦しいくらいの愛が信じられないのかって」
「あはは、それは信じられない訳ないね」
「だろう?アイナも速攻で、そう言ってたよ」
「やっぱりね」

だから仲直り出来たのかと、納得出来た。兄と慕っているフレンの言葉で聞いて、信じるべきものを理解したのだ。見せられている夢の言葉ではなく、現実のユーリを信じるべきだ。ハルカもそう思うし、フレンもそうだろう。夢はしょせん夢だ。ユーリだって、アイナと出会わない幸福な人生よりも、アイナと出会う苦難の人生を選ぶだろう。彼にはそれくらいの愛情と覚悟があった。

けれどそんな夢を見せられ続けたら、不安になるのも理解出来る。

- 2 -

*前次#


ページ:




ほたるび