この日一番隊舎・隊首会室に各隊隊長らが緊急召集され、隊首会が開かれた。その場が設けられた理由は勿論、例の子供の調査結果を報告するためであった。
 緊急召集ということもあって、皆一様に顔が険しい。あれから何の報告もされていなかったのだから、当然の事といえよう。その中でごく僅かながら、普段通りという人物もいるが。
 「………ほんで?そない黙りませんとそろそろ話聞かせてくれますやろか、十二番隊隊長さん?」
 いつもと変わらぬ内の一人である三番隊隊長、市丸 ギンは線のように細い目を弧を描かせ笑った。その無機質な笑みは、漠然とした隔絶感を感じさせる。
 「………貴様にどうこうしろと指図される言われは無いのだがネ」
 「ほんまつれへんなぁ。あの子を捕まえたんはボクいうこと、忘れてへん?」
 にィ……と笑みを深める市丸。彼が揚げ足をとる事は何時もの事だ。緊迫した空気を悪い意味でかき回す。その行為は悪意なのか只単に悪ふざけの一環なのかは、誰にも推し量れない。
 二人の間に、総隊長の重苦しい咳ばらいが割って入った。
 再び話し出す気になった涅は、機嫌を損ねたようだが結果に対しては満足げだ。彼は一歩前に進み出ると、総隊長へと向き直った。
 「まず結論から率直に申し上げよう。あの小僧の不可解な技は、如何やら死神の力ではないネ」
 「………っ!何だと?死神の力ではないとはどういうことだ!」
 声をあげた砕蜂同様、皆少なからずショックを受けたようだ。だが涅は胡散臭げに砕蜂を横目で見た。
 「煩いヨ。いきなり出しゃばらないでくれたまえ。目障りだヨ」
 怒りに口を噤む砕蜂を尻目に、話を続ける涅。
 「小僧からは矢張り霊圧を全く感じなかった。それは実験にも露わにはならなかった。ある事は解っているのだがネぇ。よって鬼道とも無関係だろう。これは憶測だがネ、恐らくは魂の力と思われる」
 「魂の力とな?」
 厳格な総隊長の問いかけに、涅は素直に肯いた。
 「ええそうですとも、それ以外には考えられんネ。体内からは痕跡が消えている、よって何らかの力を具現化させる媒体を介して発動させたのだろう。それも調べてみたが何の手がかりもなかったがネ。全くもって腹立たしいヨ」
 「媒体といっても其れもまた霊子体でしょう。それからも何も感じなかったのですか?」
 四番隊隊長卯ノ花 烈が淑やかだが、凛とさせた声で尋ねた。
 「いいや、何も感じなかったネ。其れに小僧の持参していたものは手枷と黒い鈴と黴のはえた刀だけだ。私的にはあの手枷が妖しいと思うのだがね、小僧も口を割らんから困ったものだヨ。……それともう一つ、可能性の域を脱しないが……、意図的に霊圧を消滅させているかもしれないネ」
 皆が一斉に息を呑んだ。もしやとは思っていたが、其れが本当ならば空恐ろしい事だ。
 「………その力というのは、危害を及ぼすものなのかい?」
 「知らんヨ、そこまでは。どういった技かも判然としていない今の状況では何とも言えないネ。危機回避として発動するかとも思ったが、誘発させようにも頑としてやろうとしない。更に研究し甲斐があるというものだヨ。………あぁ、今思いついた。あの薬品に対する反応を見るのが今から楽しみだヨ」
 くっくっと不気味な笑みを浮かべる涅に、先程口を開いた十三番隊隊長浮竹 十四郎は脳裏を過る映像に顔が青ざめた。彼の非人間的な実験光景を一度だけ見たことがある浮竹にとって、あの子供が受けたであろう激痛は容易に想像がつく。使える薬品と機材を制限されているようだが、彼なら限界まで研究すべく絞る取るだろう。

 「…………報告ご苦労であった、涅」
 黙って聞いていた総隊長が、突然口を開いた。いったいどのような決定が下されるのか皆固唾を呑んで見守る中、総隊長は視線を門へと向けた。
 「入ってくるがよい」
 その声と共に門が開くと、二人係りで何かを引きずりながら中に入って来た。其れが二人の腕から離され地面にお尻をつけ座り込むと、一斉に息を呑む音がこの空間に広がった。

 連れてこられたのは、今当に話題の中心に話されていたあの子供であった。


 ◇


 子供は、皆が息を顰め凝視している中彼等に構うことなく天井を仰ぎ見た。
 死神達は恐怖に震え此方を見返しているとばかり思っていた。だがそうではなく、苗字はこの建物の外から見ている亡霊たちの存在を感じ取っていたのだ。建物の中に今にも入りこもうとしているかのように壁という壁に手が押し当てられ大量の頭が犇めいていることが、苗字には分かっていた。その気配は建物を圧迫しギシギシと音を立て、呪いの羅列、連なりが囁かれている。
 今までにない膨大な数に、苗字の頭はおかしくなりそうであった。何千万、何億単位の怨念を一度に耳にすればひとたまりもない。

 「この子供を此処に連れてきたのは他でもない、この子自らもその決定を聞かねばならんからじゃ」
 死神たちが何事か言っている、苗字にはそのようにしか見えなかった。何を言っているのか、苗字の耳には届いていないのだ。
 浮竹や卯ノ花などは、苗字の有様に愕然とした。薬品の投与のし過ぎによって、体も思うように動かせない実験の成れの果ては、痛ましいものだった。研究でつけられたものではなさそうだが、子供の手は血だらけになっていた。自分でそうしたのであろうか。他にも着物から覗く腕に見られる大量の注射跡に、これで自重したという涅を疑い非難する目で見つめた。
 だが当の本人は何か問題でもと言いたげに、ケロッとしている。総隊長もまた何か言いたげに涅に視線を送るものの、何も言わなかった。

 「涅の事じゃ、名は聞いてはおらんじゃろう。………してそなた、名は何と申す」
 だがその言葉にも無反応の子供。上を向いたまま微動だにしない。
 「………もう一度問う。名は……」
 「____きたんだ」
 総隊長の言葉は、黙りこくっていたはずの子供の呟きによって途絶えた。無礼だという叱咤も無視し子供は再度呟いた。

 「お前たち、一体いくつの霊子を抹消してきたんだ」

 突然の不可解な発言に言葉を失う隊長達。総隊長も薄く眼を開け、眉間に皺が寄った。
 再び口を開きかけた時、突然子供の首が操り人形の糸が切れたかのようにかくんと垂れ、其の儘前に倒れこんでしまった。
 皆が驚く中卯ノ花は弾かれた様にして倒れこんだ子供の元へ駆け出した。
 多くの目が見守る中、脈を測る卯ノ花隊長。
 「………脈は弱いですが、正常です。問題は御座いません。只……」
 言葉を躊躇うように、卯の花は困惑顔でその場にいる彼等を見つめ返した。
 「眠って……しまったようです」
 「はぁ?!眠っただと」
 「ええ、爆睡しています」
 十一番隊隊長更木の罵声に、困ったように肯定する卯ノ花。
 当然抑えていたとはいえ、隊長格の霊圧に普通の霊子体では耐えられないだろうし体も恐怖に動かなくもなるだろうと思っていた彼等は、唖然と、中には口をぽかんと開けてその爆睡中の子供を見つめた。

 こうして緊急に召集された隊首会は、子供が眠ってしまったからという不可解な理由のため其の儘お開きとなったのだった。


 ◇


 目覚めた其処は、薄暗いが清潔感のある小部屋の中だった。
 苗字は今しがた横になっていたベッドから転げ落ちた体勢のまま、天井をぼんやり見つめていた。視界に映るチューブが床に投げ出された自分の腕へと繋がっているのが分かる。だが前ほどの不快感は感じない。手には何故か保護するかのように分厚い布が巻かれ、悪夢の影響は免れているが、咽喉を締め付けようとしたのかその一帯が熱をもっているのを感じた。恐らく内出血しているはずだ。
 片足だけベッドに引掛けたまま押し黙っていると、接近する死神の気配に気が付いた。
 「………御気分は如何ですか?その様子ですと、体力は回復なされたようですね、安心しました」

 あの吐きそうなほど充盈した衆焔の狂歌を造り出した空間にいた女の声だ。苗字は視線だけ現れた女性の方へと向けた。
 「貴女も間怠っこしい人だ。率直に何か計略しているのかと聞いたらどうだ」
 女性はくすりと笑い、此方に近づいてくるなり腕を差し出してきた。
 「貴女は、その問いに素直に答え返してくれるのですか?嘘、偽りなく」
 「嘘偽りかを測るのには少々情報が足りないのでは?」
 差し出された手など無かったかのように苗字は体を起こすとベッドに座りなおした。そこでやっとフードをされたまま寝かされていたことに気が付いた。
 「………フード、取らなかったのか」
 「他人のプライバシーは極力守らねばなりませんからね。それとも、拝見してもよろしかったですか?」
 薄らと笑う苗字。その顔は、肯定とも否定ともとれる無色透明な笑みだった。

 「………先程、うなされていたようですが、よくある事なのでしょうか?」
 「あの実験を受けた後だぞ」
 悪夢を見て当然だろうと言うと、女性はただ何も言わずほほ笑んだ。………用心深い女のようだ、苗字はフードの奥で目を細めた。
 そういえば黒い着物の他に白い羽織を着ているが、此処には階級がいるという事だろうか。死神とはイカレた集団かと思っていたが案外正式に組織立ったものなのかもしれない。
 「ああ、そうでした」
 苗字の手に巻かれたものを取り外しにかかっていた女性は、突然何か思い出したのか作業の手を止めた。
 「隊首会での最終的な決定事項を、まだ伝えていませんでしたね」
 「隊首会?……ああ、あれ。……して、結局俺を殺すのか。あれの実験サンプルにするのであれば此方にも考えがあるぞ」
 「いいえ、どれも違います」
 女性は可笑しげに笑った。
 「貴女には、真央霊術院に入学して頂く事になりました」
 反応の無い苗字の対応に戸惑ったのか首を傾げる女性。
 「全く驚かれないのですね」
 「利用できるものは大いに利用しようという魂胆だろう。容易に想像は付く。………して、真央霊術院というのは」
 「簡潔に説明しますと、死神統学院とも呼ばれる、死神を育成する私塾……といったところでしょうか」
 興味が無いのが傍から見てもわかるほど脱力した苗字に、女性はベッドに腰かけ柔和な目でほほ笑んだ。その笑みは遠い過去まで遡った記憶の誰かのものと、一瞬重なって映った。
 「私の名前は卯ノ花 烈と申します。貴女のお名前は?」
 

 やっと、此処まで来た。
 焼野原の中、死神になる事を決意した時のことが脳裏を過る。彼等をだます事を前提にわざと捕らえられたのもそのためだ。
 こうも容易く潜り込めるとは思ってもいなかったし、疑念の目は免れないものの上等だ。此処からは更に監視が厳重になるだろう。そうさせるかどうかは、此れからは苗字がどうしたいかで異なってくる事を、彼等はまだ知らない。
 苗字は卯ノ花の顔を見上げ、口を開いた。

 「苗字 名前だ」